せん。最前《さっき》、ゴトーンといったのは何だったのか知らんと考えて見ましたが、もしかしたら僕の思違いかも知れないと思いましたから又、二階に上って来て母の顔を見ますと、もう向うを向いて布団に潜っていて、櫛巻《くしま》きの頭だけしか見えませんでした。僕はそれから、すぐに電燈を消して寝ましたが、母の顔はそれっきり見ません。
 ――それから警察署で先生(W氏)にお話しましたように変な夢ばかり見ていたのです。僕は夢なんか滅多に見た事はないのに、あの晩はホントに不思議でした。イイエ。人を殺すような夢は見なかったようですけど、汽車が線路から外《そ》れてウンウン唸りながら僕を追っかけて来たり、巨大《おおき》な黒い牛が紫色の長い長い舌を出してギョロギョロと僕を睨《にら》んだり、青い青い空のまん中で太陽が真黒な煤煙《すす》をドンドン噴き出して転げまわったり、富士山の絶頂が二つに裂けて、真赤な血が洪水のように流れ出して僕の方へ大浪を打って来たりして、とても恐しくて恐しくてたまりませんけど、何故だか足が動かなくなって、いくら逃げようとしても逃げられないのです。その中《うち》に家主《おおや》さんの養鶏所から鶏
前へ 次へ
全939ページ中482ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング