時か十時頃に寝るのでした。母はずいぶん気の強い女で、人気《にんき》の悪い直方に住んでいながら、僕の居ない時はたった一人でこの室《へや》に寝るのでしたが「朝は八時半頃からボツボツ生徒が来るし、夜は十一時頃まで休む間もないから、ちっとも淋しいとは思わない。勉強の忙《せわ》しい時なぞは無理に帰って来なくてもいいよ」なぞとよく云っておりました。
 ――ついこの頃になっても別にかわった事はありませんでした。ただ、去年の夏でしたか、母が刺繍材料の包み紙になって来た亜米利加《アメリカ》の新聞を持って来て「これは何という人か」と尋ねますので、そこの処の記事を読んで見ましたら、ロンチェニーという活動俳優が扮した道化役《ピエロ》だとわかりましたので、母はつまらなさそうに「フン。そうかい」と云って降りて行きました。その時に僕の父は、あんな顔をした人間で外国に居るのだなと思いましたから、その写真は細かい処までよく記憶《おぼ》えています。チョット見ると大きなお蚕様《かいこさま》みたような顔でしたから、私はソッと下へ降りて、六畳に置いてある母の鏡台の前に行って、自分の顔を覗いて見ましたが、ちっとも似ていませんでし
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