恐ろしくなったので……。その私の顔を見下しながら、若林博士は今迄よりも一層、冷静な態度でうなずいた。
「それは誠に御尤も千万な御不審です。……が……しかしその事に就《つき》ましては遺憾ながら、只今ハッキリと御説明申上る訳に参りませぬ。いずれ遠からず、あなた御自身に、その経過を思い出されます迄は……」
「……僕自身に思い出す。……そ……それはドウして思い出すので……」
と私は一層|急《せ》き込みながら口籠《くちごも》った。若林博士のそうした口ぶりによって、又もハッキリと精神病患者の情なさを思い出させられたように感じたので……。
しかし若林博士は騒がなかった。静かに手を挙げて私を制した。
「……ま……ま……お待ち下さい。それは斯様《かよう》な仔細《わけ》で御座います。……実を申しますと貴方が、この解放治療場にお這入りになりました経過に就きましては、実に、一朝一夕に尽されぬ深刻複雑な、不可思議を極めた因縁が伏在しておるので御座います。しかもその因縁のお話と申しますのは、私一個の考えで前後の筋を纏めようと致しますと、全部が虚構《うそ》になって終《しま》う虞《おそ》れがありますので……詰《つ
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