人間の胎児が、母の胎内で見て来る先祖代々の進化の夢の中で、一番よけいに見るのは悪夢でなければならぬ。
 何故かというと、人間という動物は、今日の程度まで進化して来る間に、牛のような頭角も持たず、虎のような爪牙《そうが》もなく、鳥の翼、魚の保護色、虫の毒、貝の殻なぞいう天然の護身、攻撃の道具を一つも自身に備付《そなえつ》けなかった。ほかの動物と比較して、はるかに弱々しい、無害、無毒、無特徴の肉体でありながら、それをそのまま、あらゆる激烈な生存競争場裡に曝露して、あらゆる恐ろしい天変地妖と闘いつつ、遂に今日の如き最高等の動物にまで進化し、成上《なりあが》って来た。その間には、殆ど他の動物と比較にならない程の生存競争の苦痛や、自然淘汰の迫害等を体験して来た筈で、その艱難辛苦の思い出は実に無量無辺、息も吐《つ》かれぬ位であったろうと思われる。その中でも自分の過去に属する、自分と同性の先祖代々の、何億、何千万年に亘る深刻な思い出を、一々ハッキリと夢に見つつ……それを事実と同じ長さに感じつつ……ジリジリと大きくなって行く、胎児の苦労というものは、とてもその親達がこの世で受けている、短かい、浅墓《あ
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