の同じ長さの人工の時間を各個人が別々に使ってみると、そこに非常な相違が現われて来るから不思議である。
手近い例を挙ぐれば、同じ時計で計った一時間でも、面白い小説を読んでいる一時間と、停車場でボンヤリ汽車を待っている一時間との間には驚くべき長さの相違がある。尺竹《しゃくだけ》で計った品物の一尺の長さが、万人一様に一尺に見えるような訳には行かないのである。又は水に潜って息を詰めている一分間と、雑談をしている一分間とを比較しても思い半ばに過ぐる事で、前者はたまらない程長く感ずるのに反して、後者は一瞬間ほどにも感じない……というのが偽らざる事実でなければならぬ。
更に今一歩進んでここに死人があるとする。その死人は、その死んだ後《のち》に於ても、その無感覚の感覚によって、時間の流れを感じているとすれば、一秒時間も、一億年も同じ長さに感じている筈である。又そう感ずるのが死後の真実の感覚でなければならぬので、すなわち一秒の中《うち》に一億年が含まれていると同時に、宇宙の寿命の長さと雖《いえど》も一秒の中《うち》に感ずる事が出来る訳である。この無限の宇宙を流れている無限の時間の正体は、そんなような
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