患者のように、恐る恐るその椅子に近付くと、オズオズ腰を卸《おろ》すには卸したが、しかし腰をかけているような気持ちはチットモしなかった。余りの気味悪さと不思議さに息苦しくなった胸を押えて、唾液《つば》を呑込み呑込みしているばかりであった。
その間に若林博士はグルリと大卓子をまわって、私の向側の大きな廻転椅子の上に座った。最前あの七号室で見た通りの恰好に、小さくなって曲り込んだのであったが、今度は外套を脱いでいるためにモーニング姿の両手と両脚が、露《あら》わに細長く折れ曲っている間へ、長い頸部《くび》と、細長い胴体とがグズグズと縮み込んで行くのがよく見えた。そうしてそのまん中に、顔だけが旧《もと》の通りの大きさで据《す》わっているので、全体の感じが何となく妖怪じみてしまった。たとえば大きな、蒼白い人間の顔を持った大|蜘蛛《ぐも》が、その背後の大暖炉の中からタッタ今、私を餌食《えさ》にすべく、モーニングコートを着て匐《は》い出して来たような感じに変ってしまったのであった。
私はそれを見ると、自ずと廻転椅子の上に居住居《いずまい》を正した。するとその大蜘蛛の若林博士は、悠々と長い手をさし伸
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