いように仕向けられているような気がしたので……。しかし若林博士は依然として、そうした私の気持ちに無関係のままスラスラと言葉を続けた。
「……で御座いますからして、斎藤先生と正木先生と、あの狂人焚殺の因果関係をお話し致しますと、そのお話が一々、貴方の過去の御経歴に触れて来るので御座います。すなわち正木先生が、解放治療場に於て、貴方を精神科学の実験にかけるために、どれ程の周到な準備を整えてこの九大に来られたか……この実験に関する準備と研究のために、どのような恐ろしい苦心と努力を払って来られたか……」
「エッ。エッ。僕を実験するために、そんなに恐ろしい準備……」
「そうです、正木先生は実に二十余年の長い時日を、この実験の準備のために費されたので御座います」
「……二十年……」
 こう叫びかけた私の声は、まだ声にならないうちに、一種の唸り声みたようなものになって、咽喉《のど》の奥に引返した。その正木博士の二十年間の苦心が、そのまま私の頸筋《くび》に捲き付いて来るような気がしたので……。
 すると今度は若林博士もそうした、私の気持ちを察したらしく又もゆっくりとうなずいた。
「そうです。正木先生は
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