来る薄気味の悪い画面であった。
「これは何の絵ですか」
 私はその画面を指さして振り返った。若林博士は最前からそうして来た通りに、両手をズボンのポケットに入れたまま冷然として答えた。
「それは欧洲の中世期に行われました迷信の図で、風俗から見るとフランスあたりかと思われます。精神病者を魔者に憑《つ》かれたものとして、片端《かたっぱし》から焚《や》き殺している光景を描きあらわしたもので、中央に居《お》りまする、赤頭巾に黒外套の老婆が、その頃の医師、兼祈祷師、兼|卜筮者《うらないしゃ》であった巫女婆《みこばばあ》です。昔は狂人をこんな風に残酷に取扱っていたという参考資料として正木先生が柳河《やながわ》の骨董店《こっとうてん》から買って来られたというお話です。筆者はレムブラントだという人がこの頃、二三出て来たようですが、もしそうであればこの絵は、美術品としても容易ならぬ貴重品でありますが……」
「……ハア……焚き殺すのがその頃の治療法だったのですね」
「さようさよう。精神病という捉えどころのない病気には用いる薬がありませんので、寧《むし》ろ徹底した治療法というべきでしょう」
 私は笑いも泣きも
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