せて見たらば。奇抜な余興になるかも知れぬと。思召《おぼしめ》したらお手数ながら。ここに挟んだ葉書が一枚。これにお名前お所番地。それとこれなる頁《ページ》の終りに。止めましたる宛名を書いて。ぽんとポストにお願いしまする。願うところはこの世の中に。こんな事実があります事を。向う三軒両お隣りや。どなたこなたの噂の種に。語り伝えて下さりませよ。すれば今云うキチガイ地獄や。人類文化の裏面の秘密が。否《いや》が応でも世間へ広まる。悪い事する精神病院。キチガイ地獄を片端なぐりに。タタキ潰せと輿論が高まる……チャカポコチャカポコ……
▼そこで政府も黙っておれない。棄てておけない重大問題。社会事業の急務というので。私が投げ出す財産全部の。五百余万のお金を基本に。精神病者を無料で預かる。国立精神病院建てます。到る処の精神病者の。生産過剰の緩和を初める……チャカポコチャカポコ……
▼人に忘られ世に忘られて。狂い藻掻《もが》いて生命《いのち》を終る。あわれな精神病者が助かる……ポコチャカポコチャカ……
▼それかばかりかその病院で。研究し出したキチガイ病気の。治療のし方が世間に広まる。世界各地のキチガイ地獄が。一つ残らず引っくり返って。ありとあらゆる精神病者の。嬲《なぶ》り殺しが止みますならば。こんな本懐|至極《しごく》は御座らぬ……ポコポコチャカチャカ……
▼あ――ア。こんな本懐至極は御座らぬ。そこで成る程貴様の仕事は。実に道理《もっとも》千万至極じゃ。奇特、感心、立派な了簡《りょうけん》。俺が付いてる心配するなよ。ウント踏張り勉強やらかせ。狂人地獄をスカラカ、チャンまで。タタキ潰せよフレ――やフレーと。お賞めなされて下さるならば。私の喜び天井知らずじゃ……チャカチャカポコポコポコポコチャカチャカポコポコ……
十
▼スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ。あ――ア。さても皆さん相済みませぬ。御用、お急ぎ、散歩の足をば。変な姿や奇妙な文句で。お引止めして気の毒千万。なれどつらつらおもんみまするに。三千世界を流るる時間が。何万、何億、何兆年とも。知れぬ無限の時間の中《うち》なら。五十、七十、百まで生きても。アッという間の一生涯だよ。何が何やらわからぬまんまに。会うて別れて生まれて死に行く。数え切れない人数《にんず》の中だよ。今日が只今この道傍《みちばた》で。お眼にかかるも何かの御縁じゃ。お許しなされて下さりませよ。よしやこのままお別れしても。残る名残りがスカラカチャカポコ。もしもこの後《のち》世間の噂や。雑誌新聞、小説なんぞで。キチガイ話を御覧になったり。又はホンマの精神病者を。通り縋《すが》りに御覧になったら。思い出しても下されませよ。月の光りや太陽の輝やき。星の光りも掻き消すばかりに。眼《まなこ》眩《くら》めくモダーン文化や。又は博愛仁慈の光明。正義道理のサーチライトも。昔ながらに照らさぬ世界じゃ。地獄以上のキチガイ地獄に。音も香《か》もなく消え行く先だよ。広さ深さも無限の暗《やみ》の。底に青ずみ漂う血の海。上にさまよう陰火《おにび》の焔は。罪も報いも無いまま死に行く。精神病者の無念の思いじゃ。聞いて聞こえぬ怨みの数々。聞いた心がクドキの文句じゃ。念仏代りの阿呆陀羅経《あほだらきょう》だよ。無調法なる木魚に合わせて。チョット御機嫌伺いまする。げどう――さア――えエ――もオ――んンン。キチガイ――イ――地獄ウ。
[#地から1字上げ]――ヘイ。御退屈様――
◆葉書は左記へお出し下さい。
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┌────────────────────┐
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│ 九州帝国大学医学部精神病学教授 │
│ 斎藤寿八氏自室気付 │
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│ 面黒楼万児宛 │
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│ ┌───┐ │
│ │ │ │
│ └───┘ │
└────────────────────┘
[#ここで字下げ終わり]
地球表面は[#「地球表面は」は本文より2段階大きな文字]
狂人の一大解放治療場[#「狂人の一大解放治療場」は本文より5段階大きな文字]
[#ここから地から2字上げ]
九州帝国大学
正木敬之氏談
精神病科教室
[#ここで字上げ終わり]
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去る三月初旬以来、九州帝国大学精神病科本館裏手に起工されて、その附属病院の工事と共に着々|進捗《しんちょく》しつつある「狂人解放治療場」は、過般来《かはんらい》その内
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