妹さんです。その前の晩に起りました世にも不可思議な出来事のために、今日まで斯様《かよう》にお気の毒な生活をしておられますので……」
「……………………」
「……ですから……このお方と貴方のお二人を無事に退院されまするように……そうして楽しい結婚生活にお帰りになるように取計らいますのが、やはり、正木先生から御委托を受けました私の、最後の重大な責任となっているので御座います」
若林博士の口調は、私を威圧するかのように緩《ゆる》やかに、且《か》つ荘重であった。
しかし私はもとの通り、狐に抓《つま》まれたように眼を瞠《みは》りつつ、寝台の上を振り返るばかりであった。……見た事もない天女のような少女を、だしぬけに、お前のものだといって指さされたその気味の悪さ……疑わしさ……そうして、その何とも知れない馬鹿らしさ……。
「……僕の……たった一人の従妹……でも……今……姉さんと云ったのは……」
「あれは夢を見ていられるのです。……今申します通りこの令嬢には最初から御同胞《ごきょうだい》がおいでにならない、タッタ一人のお嬢さんなのですが……しかし、この令嬢の一千年前の祖先に当る婦人には、一人のお姉さんが居《お》られたという事実が記録に残っております。それを直接のお姉さんとして只今、夢に見ておられますので……」
「……どうして……そんな事が……おわかりに……なるのですか……」
といううちに私は声を震わした。若林博士の顔を見上げながらジリジリと後退《あとずさ》りせずにはおられなかった。若林博士の頭脳《あたま》が急に疑わしくなって来たので……他人の見ている夢の内容を、外《ほか》から見て云い当てるなぞいう事は、魔法使いよりほかに出来る筈がない……況《ま》して推理も想像も超越した……人間の力では到底、測り知る事の出来ない一千年も前の奇怪な事実を、平気で、スラスラと説明しているその無気味さ……若林博士は最初から当り前の人間ではない。事によると私と同様に、この精神病院に収容されている一種特別の患者の一人ではないか知らんと疑われ出したので……。
けれども若林博士は、ちっとも不思議な顔をしていなかった。依然として科学者らしい、何でもない口調で答えた。依然として響の無い、切れ切れの声で……。
「……それは……この令嬢が、眼を醒《さま》しておられる間にも、そんな事を云ったり、為《し》たりしておら
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