まに、その臙脂《えんじ》色の薄ぼけた頬から、青光りする珊瑚《さんご》色の唇のあたりを凝視していたのであった。
「ハッハッハッ。馬鹿に固くなっているじゃないか。エー……オイ。どうだい。大したものだろう。呉青秀《ごせいしゅう》の筆力は……」
 絵巻物の向うから正木博士がこんな風に気軽く声をかけた。しかし私は依然として身動きが出来なかった。唯やっと切れ切れに口を利く事が出来ただけであった。今までと丸で違った妙なカスレた声で……。
「……この顔は……さっきの……呉モヨ子と……」
「生き写しだろう……」
 と正木博士はすぐに引き取って云った。その途端に私は、やっと絵巻物から眼を外《そ》らして、正木博士のこっちに振り向いた顔を見る事が出来たが、その顔には一種の同情とも、誇りとも、皮肉とも何ともつかぬ笑いが一面に浮き出していた。
「……どうだい面白いだろう。心理遺伝が恐ろしいように肉体の遺伝も恐ろしいものなんだ。姪の浜の一農家の娘、呉モヨ子の眼鼻立ちが、今から一千百余年|前《ぜん》、唐の玄宗皇帝の御代《みよ》に大評判であった花清宮裡《かせいきゅうり》の双※[#「虫+夾」、第3水準1−91−54]姉妹《そうきょうきょうだい》に生き写しなんていう事は、造化の神でも忘れているだろうじゃないか」
「……………」
「歴史は繰り返すというが、人間の肉体や精神もこうして繰り返しつつ進歩して行くものなんだよ。尤《もっと》もコンナのはその中でも特別|誂《あつら》えの一例だがね……呉モヨ子は、芬《ふん》夫人の心理を夢中遊行で繰り返すと同時に、その姉の黛《たい》夫人が、喜んで夫の呉青秀に絞め殺された心理も一緒に繰り返しているらしい形跡があるのを見ると、二人の先祖にソンナ徹底したマゾヒスムスの女がいて、その血脈を二人が表面に顕《あら》わしたものかも知れぬ。又は呉青秀を慕う芬女の熱情が、思う男の手にかかって死んだ姉の身の上を羨ましがる位にまで高潮していたと認められる節《ふし》もある。しかしそこまで突込んで行かずともその絵巻物の一巻が、呉青秀と、黛芬姉妹の夫婦愛の極致を顕《あら》わしていることはたやすく解るだろう……とにかくズット先まで開いて見たまえ。呉一郎の心理遺伝の正体が、ドン底まで曝露して来るから……」
 私はこの言葉に追い立てられるように、半ば無意識に絵巻物を左の方へ開いて行った。
 それから順々に
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