に過ぎず、且つその刺戟が、異性的魅惑力の最も薄弱なる母親によって与えられたるものなりしため、呉家の固有に属する驚異的の心理遺伝に対する暗示の度も亦《また》、甚だ浅かりしものと察せらる。従って、その夢中遊行の内容も、同家固有の心理遺伝の内容(後段参照)と合致せるは唯「絞首」の一事あるのみ。爾余《じよ》はその屍体、及びその容貌の暗示より来れる脱線的の夢中遊行に移りて、それ以上の心理遺伝の内容を示さざりしものと思惟《しい》し得べし。
 而《しか》して、前記諸項に関する一切の根本的の疑問に対する解決と説明は、この直方事件の発生後、約二箇年目に現われたる左記、第二回の発作に現われたる諸般の事情に依って、徹底的に明らかにするを得べし。


     第二回の発作

◆第一参考[#「第一参考」は太字] 戸倉仙五郎の談話
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▼聴取日時[#「聴取日時」は太字] 大正十五年四月二十六日(所謂《いわゆる》、姪之浜《めいのはま》の花嫁殺し事件発生当日)午後一時頃――
▼聴取場所[#「聴取場所」は太字] 福岡県早良郡姪之浜町二四二七番地、同人自宅に於て――
▼同席者[#「同席者」は太字] 戸倉仙五郎(呉八代子方|常雇《じょうやとい》農夫、当時五十五歳)――同人妻子数名――余《よ》(W氏)――以上――
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   【注意】 甚しき方言なるを以て標準語に近づけて記載す。

 ――ええもう、このような恐ろしい事は御座いませなんだ。その時に梯子《はしご》のテッペンから落ちて打ちました腰が、この通り痛みまして、小用《こよう》にも這《は》うて参ります位で、すんでの事に生命喪《いのちうしな》いをするところで御座いました。しかし、今朝《けさ》程から茄子《なすび》の黒焼を酒で飲みまして、御覧の通り、妙薬の鮒《ふな》を潰して貼っておりますけに、おかげで余程痛みが寛《くつろ》いだようで御座います。
 ――呉様のお家は、千俵余米と申しまして、この界隈でも一といわれる名うての大百姓で御座います。そのほか、養蚕《かいこ》から、養鶏《にわとり》から何から何まで、今の後家さんのお八代さんが、たった一人で算盤《そろばん》を弾《はじ》かっしゃるので、身代《しんだい》は太るばかり……何十万か、何百万かわからぬと申しますが、豪《えら》いもので御座います。学校も自分で建
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