夢中遊行中に行いし犯罪に対する責任は、夢遊病者本人が負うべき場合甚だ些《すく》なく、これを遺伝せしめたる祖先及びその時代の社会等が、負うべき場合多き事を、この事件に対する法律的考察の参考として附記しおくべし。
【十】 呉家の血統に関する謎語
劈頭《へきとう》に掲げし四項の談話中、右に摘出したる以外にも亦《また》、呉一郎の心理に、かかる夢中遊行を発作し得べき遺伝的の或るもの[#「或るもの」に傍点]が存在せる事を暗示せる個所|尠《すくな》からざるが如し。即ち左の如し。
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=呉一郎の談話中= 同人母千世子は、女性にしては珍らしき明晰なる頭脳を有し、且つ、気強き性格の持ち主なる事が説明されおり、且つ、迷信家に非《あら》ざる旨を弁護しあるにも拘らず、母子二人の宿命、もしくは運命に関しては、極めて平凡、且つ愚昧に属する迷信を極度に固執しおれる事実より推して、同女の心理に何等か不可抗的の憂悶不安の、不断に存在せるに非ざるなきやを疑い得る事。
=同= 狸穴の先生[#「狸穴の先生」に傍点]と呼ばるる占断者《うらないしゃ》の言に「お前達は、何者かに咀《のろ》われている」とあるは、同占断者が、同女との対話中に、同女の言葉の中に含まれたる或る事実を推測して、斯《か》く云いたるに非ずやと疑わるる事。
=八代子の談話中= 直方《のうがた》署の留置場に於て、初めて呉一郎に面会したる際「お前は何か夢を見ていやしなかったか」と尋ねしは「嘗《かつ》て夢遊病の事を耳にせしためなり」云々と弁明せるが、一婦人、特に農家の一主婦としての教養以外に、何等の高等なる学識を有せざるべき筈の八代子が、此《かく》の如き非常事件に際し、かかる超常識的に高等なる、精神科学的現象の存在の、可能なる事を考え得るさえも、不可思議というべきに、更にこれを実地に当て嵌《は》めて、直ちに事件の裡面の真相を穿《うが》たんと試みたるが如きは、真に驚くべき事実にして、仮令《たとい》同婦人が如何に慧敏《けいびん》、且つ果敢なる判断力を有するものと見るも、尚且つ、不自然の感を免れず。但し、同婦人が常に、何等かの痛切なる事情に迫られて、かかる問題を念頭にかけおり、此《かく》の如き事実に関する風説又は説明等に就て、鋭き注意を傾注しおりたるものとすれば、かかる際、かかる質問を発するは強《あなが》ちに不自然と云い得べから
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