に来る連中の中でも。親や兄弟、妻子《つまこ》やなんぞは。どうか治癒《なお》して下さりませと。涙流して溜息ついて。頼み入るのが少くないが。そんな骨肉《みうち》の連中の中でも。ホンニ心《しん》から真情《まごころ》籠《こ》めて。治療《なお》すつもりで介抱するのは。実のところが母親ばっかり。それも真実わが腹痛めた。息子か娘が患者の場合じゃ。ほかの骨肉《みうち》の連中と来たなら。同じ血分けた父《おや》兄弟でも。実に冷淡無情なものだよ。殊《こと》にお若い妻君なんぞは。申訳《もうしわけ》だけ二三日位は。側で溜息|吐《つ》くかと思えば。里の方から迎えに来るのを。待っていたようにハイチャイ極《き》め込む。それもまだまだ最極上だよ。医者に患者を渡すと間もなく。部屋がどこやら決定《きま》りもせぬうち。電話かけにか便所に行くのか。帯の間の鏡を覗いて。鼻のアタマをパタパタやるうち。スラリと姿を消したが別れじゃ。二度と姿を見せないものだよ……チャカポコチャカポコ……
▼あ――ア。二度と姿を見せぬが普通じゃ。ドウセ治癒《なお》らぬ病気と決定《きま》れば。医師に見せるは体裁だけだよ。棄てに来るのが本当の腹だよ。生きて生き甲斐ないこの病気。どうぞよろしく頼みますると。頼む挨拶ウラから聞くと。もしも治癒《なお》れば迷惑千万。なろう事なら殺して欲しいと。云わぬ心がハッキリ見え透く。ここが患者の生死の境いで。医者が大いに儲かるところじゃ。……オットそんなに眼の色かえて。そんな事が……とお白眼《にら》みなさるな。現にこの眼で見て来た事です。但し日本の事では御座らぬ。唐《から》や天竺《てんじく》、西洋《あちら》の事だよ。耳も無ければ眼玉も持たない。物も云わない木魚の話じゃ。……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
▼あ――ア。物を云わない木魚の話じゃ。唐や天竺あちらの話じゃ。男、女の区別を問わない。一度発狂した人間なら。ドンナ平気な顔しておっても。思いがけなく乱暴したり。人を斬ったり放火《つけび》をしたり。嫌な気持やオカシナ所業《しわざ》を。あたり八方ひろげてサラゲル。人の姿の犬畜生だよ。人間扱いするには及ばぬ。ドンナ手酷《てひど》い仕置きをするとも。石や瓦《かわら》の投げ撃ちしても。罪にゃならない相手も記憶《おぼ》えぬ。たとい立派に治癒《なお》ったようでも。いつが何時《なんどき》、再発
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