ツクツク法師
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)甕《かめ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)何|疋《びき》
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 むかしあるところに一人の欲ばりの坊さんがおりました。
 毎日毎日方々へお経を読みに行って貰って来たお金を一つの大きな甕《かめ》の中に溜めていましたが、だんだん一パイになってくるにつれて泥棒に取られそうなので怖くてたまらなくなりまして、或る晩のこと小僧にも誰にも知れないようにお庭の隅に埋め、その上に樫の木を一本植えました。
「樫の木よ樫の木よ、お前にそのお金はやるから大切に番をするんだぞ」
 こう言ってきかせると、坊さんは手や足を洗って鍬を片づけて寝てしまいました。
 あくる日からその樫の木はずんずん大きくなりましたが、不思議なことには夜になると風が吹くたんびに、その樫の木の葉の間でチャランチャランとお金のぶつかる音がします。
 坊さんはよろこんで、
「あの樫の木は感心だ。毎晩人が寝てしまってからお金が減らないように数えているのだな」
 と思っていました。
 しかしその音をきいた村の人はそう思いませんでした。
「あのお寺では夜になるとお金を数える音がする。あのケチンボの坊さんがドッサリお金を溜めているのに違いない」
 と皆言い合っておりました。
 ところがある年のこと、その近所の村々で雨が降らないためにお米がちっとも出来なくて百姓が大変に困ったことがありました。
 村の人々は申し合わせてお寺へ来て、
「和尚さん、すみませんが貴方のお金を貸して戴けますまいか。それでお米を買ってみんなたべますから。その代り来年はきっとお米を作ってあなたにたくさん上げますから」
 と手を合わせて拝みながら頼みました。しかし坊さんは知らぬ顔をしてこう言いました。
「それは困りましたね。私のところにはお金は一文もありませんよ。あるなら探して御覧なさい」
 これをきいた村の人は大変に怒りました。
「あなたは坊さんの癖に嘘をついてはいけません。あんなに毎晩毎晩お金を数えていながら一文もない筈はありません。みんな御飯がいただけないで死にそうになっているのに、そんな意地のわるいことを言うのならひどい目に合わせますぞ」
 しかし坊さんはちっとも驚きませんでした。
「ひどい目に合わせるなら合わせろ。お金は本当にないのだから」
 村の人たちはこれを聞くとみんな憤《おこ》って家中を探しましたが、成る程、坊さんの言う通り何処を探してもお金は一文もありません。
 しかたがないのでみんな坊さんにあやまって、うちへ帰ってしまいました。
 ところがどうでしょう。
 夜になると、やっぱりチャランチャランと言う音が風につれて近所の村中へきこえて来ます。
 これをきくと村の中でも力の強い意地のわるい人たちが五、六人寄ってこんな話をしました。
「あの坊主はお金がないなんてウソばかりついている。夜になるとあんなにお金の音がチャラチャラ言っているのに一文もない筈はない。大勢の人たちがお米がたべられないで困っているのに自分ばかりお金をためて知らん顔をしているなんてわるい奴だ。一つお前たちと一緒に泥棒に化けて行って、あの坊主をおどかしてお金を取り上げて、みんなにわけてやろうじゃないか」
「それがいい、それがいい」
 と言うので、村の若い人たち五、六人は黒い布で顔をかくして鎌や鉈《なた》を持って、すぐにお寺に押しかけて行きました。
 お寺に入った泥棒たちは寝ていた坊さんを引きずり起こして、
「さあ坊主、たった今勘定していたお金を出せ。出さないとたたき殺すぞ」
 と言いました。
「勘弁して下さい。お金は一文もありません」
 と坊さんはふるえながら申しました。しかし泥棒たちは承知しません。
「こん畜生、又嘘を吐《つ》く。お金がないのに何で音がするんだ。さあ出せ。早く出せ」
 と言っているうちにお庭の方に風が吹いて、チャランチャランと言う音がしました。
「あッ。お金はあそこにある」
 と一人が樫の木の方へ駈け出しますと、みんなあとからつづいて駈けて行きました。
 これを見た坊さんは肝《きも》を潰《つぶ》して思わず、
「アッ。そっちにはお金はありません、ありません」
 と言いながらあとからかけて来ました。
 一人の若い者はふり返って睨みつけました。
「ソレ見ろ。こっちになければほかのところにあるのだろう。こんちくしょう、早く言え」
 と言うなり坊さんを押えつけて鉈をふり上げました。
「ぶち殺せ、ぶち殺せ」
 とほかのものも鎌や棒をふり上げました。
 坊さんはしかたなしにとうとうほんとのことを言いました。
「助けて下さい、助けて下さい。本当のことを申します、本当のことを申します。この樫の木の下に埋めてあるのです。ウソだと思うなら掘っ
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