です。さあ、あなたの持っていらっしゃるものを皆下さい。着物も帽子も靴もお金も」
 と云ううちに、女の児を捕えて下着一枚にしてしまいました。そうして巾着の口を開きながらこう云いました。
「さあお嬢さん、私の口真似をなさい。そうすれば命だけは助けて上げます。オーチンパイパイ」
 女の児が泣く泣く口真似をすると思うと、見る間に巾着の中に消え込みました。
「メーチュンライライ」
 と、支那人はまた一人女の児を呼び出しました。
 こうして支那人は次から次へと女の児の着物を剥《は》いで行きましたが、その度に「口真似をした罰だ」と云い聞かせました。
 春夫さんは、今にも美代子が出て来るか出て来るかと待ちましたが、巾着の中の女の児の数が多いと見えてなかなか出て来ません。その中《うち》に机の上は女の児の洋服や和服で山のようになりました。
 支那人は、その山を見ながらさもうれしそうにニコニコしておりましたが、やがて長い長い煙管《きせる》を出して煙草を吸おうとしましたが、燐寸《マッチ》がないのに気が付いて、鍵で扉を開けて廊下へ出て、梯子段を駆け降りて行きました。
 急いで物蔭に隠れた春夫さんは、その間に中に飛び込むと、金襴の巾着を掴むが早いか梯子段を駆け降りて、窓から露地に飛び降りました。
 それと同時に、
「アッ、泥棒」
 と言う支那人の声がうしろから聞こえました。
 春夫さんは一目散に繁華な往来を駆け出しました。そのあとから支那人が、
「泥棒、泥棒」
 と叫びながら追っかけて来ました。往来の人々は何事だろうと驚きましたが、間もなく春夫さんは通りかかったお巡査《まわり》さんに巾着ごと押えられてしまいました。
「その巾着返せ」
 と追っかけて来た支那人が春夫さんに飛び付きましたが、春夫さんはしっかり両手で掴んで、
「嫌だ嫌だ。この支那人は人買いです。お巡査さん、捕《つか》まえて下さい」
 と泣きわめいてどうしても離しませんでした。
 ジロジロ二人の様子を見ていたお巡査《まわり》さんは、
「一度調べねばならぬから二人とも警察に来い」
 と云って、支那人も一緒に連れて行きました。
 警察へ行くと、二人は警察の大広間で一人の警部さんに調べられました。春夫さんはその時に今迄の事をすっかり話して、
「この支那人は人買いの追い剥ぎです。うちの美代さんもこの中にいるのです」
 と言って金襴の袋を出して見ました。鬚をひねって聞いていた警部さんはこれを聞くと笑い出して、
「フム、面白い話だ。どうだ支那人、その通りか」
 と尋ねますと、支那人は手と頭を一時に振って、
「違います違います。この袋は私の大切な袋です。この小供はうそ云います。こんな小さい袋の中に女の子が大勢いる事ありません。嘘ならあけて御覧なさい」
「フム。おい、春夫とやら。その袋をあけて見ろ」
 春夫さんが机の上に袋をあけると、中から青だの赤だの白だの紫だの金だの銀だの、数限り無い南京玉が机上一面にバラバラと散らばって床の上にこぼれました。
「これ欲しいからこの小供泥棒したのです。そうして嘘云うのです」
「どうだ、それに違いなかろう。貴様、今の中《うち》に本当の事を云えば許してやる」
 と警部さんは怖《こわ》い顔をして申しました。そうして支那人に、
「お前はもういい。その袋を持って帰れ」
 と云いました。支那人は喜んでピョコピョコ頭を下げて、散らばった南京玉を拾い集めて巾着に入れかけました。
 泣くにも泣かれぬ絶体絶命になった春夫さんは、この時思い切って高らかに叫びました。
「メーチュンライライ」
 するとどうでしょう。数限りない南京玉が一つ残らず消えてしまうと一所に、警察の大広間には這入り切れぬ程大勢の女の児が机の上や床の上から一時に現われて、警部さんも巡査さんも春夫さんも支那人も身動き出来ぬ位になりました。その中に、
「アッ、お兄様」
 と言って嬉し泣きに泣きながら春夫さんに縋《すが》り付いた女の児がありました。
「アッ、美代ちゃん」
 と云うと、春夫さんも嬉し泣きに泣きました。
 魔法使いの支那人はすぐに捕まりました。
 春夫さんは許されて、美代子さんを連れて大喜びでおうちへ帰りました。
 他の女の児は皆警察からお家《うち》へ知らして迎いに来てもらいました。
 魔法の巾着は警察で焼いてしまいましたから、もう誘拐《かどわか》されるものは無くなりました。
 美代子さんはそれから決してひとの口真似をしませんでした。他の女の児もきっとそうでしょう。



底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「海若藍平《かいじゃくらんぺい》」です。
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月31日公開
2006年5月3日
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