キャラメルと飴玉
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)飴玉《あめだま》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)羊※[#「羹」の「大」に代えて「人」、268−下−20]
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 キャラメルと飴玉《あめだま》とがお菓子箱のうちで喧嘩をはじめました。
「ヤイ、飴玉の間抜け野郎。貴様はまん丸くて甘ったるいばかりで何にもならないじゃないか。俺なんぞ見ろ。ちゃんと着物を着て四角いおうちにはいっているんだぞ。貴様なんぞは着物なんか欲しくたって持たないだろう。態《ざま》をみろヤーイ」
 飴玉は真赤になって憤《おこ》り出しました。
「失敬なことを言うな。うちにいる時は裸だけど、外に出る時にゃちゃんと三角の紙の着物を着て行くんだ。第一貴様の名前が生意気だ。キャラメルなんて高慢チキな面をしやがって、日本にいるのならもっと日本らしい名前をつけろ」
「こん畜生、横着な事を言う。キャラメルが悪けりゃあカステイラは西班牙《スペイン》の言葉だぞ。シュークリームでもワッフルでも良いが、菓子にはみんな西洋の名前が付いているんだ。あめ[#「あめ」に傍点]だのせんべい[#「せんべい」に傍点]なぞ言うのはみんな安っぽい美味《うま》くないお菓子ばかりだ」
「嘘を吐《つ》け。羊羹[#「羊羹」は底本では「羊※[#「羹」の「大」に代えて「人」、268−下−20]」]なんて言うのは貴様よりよっぽど上等だぞ。コンペイトウは露西亜《ロシア》語の名前だけれど、俺よりずっと不味《まず》いぞ。ウエファースなんていう奴はいくら喰ったって喰ったような気がしないじゃないか」
「馬鹿を言え。あれでもなかなか身体のためになるんだ。おれなんぞは牛乳が入っているから貴様よりずっと上等だ」
「こん畜生、おれだって肉桂《ニッキ》が入っているんだ。肉桂はお薬になるんだぞ。貴様の中に牛乳が何合入ってりゃあそんなに威張るんだ」
「何を小癪な」
「何を生意気な」
 とうとう取っ組み合って、大喧嘩になりました。最前から見物していたキャラメルの仲間のミンツ、ボンボン、チョコレート、ドロップス、飴玉の仲間の元禄、西郷玉、花林糖、有平糖なぞはソレというので馳け寄って、双方入り乱れてゴチャゴチャに押し合い掴み合っているうちに、みんなお互いにくっつき合って動けなくなってしまいました。
 そこへ坊ちゃんが来てお菓子箱の蓋《ふた》を取ってみるとビックリして、
「お母さん。大変大変。お菓子が喧嘩をしている」
 と叫びました。お母さんもやって来てこの有様を見ると、
「それ御覧なさい。一緒に仕舞って置いてはいけないと言ったではありませんか。私がこわして上げるから、お姉さんやお兄さんと一緒におやつに食べておしまいなさい」
 と言って金槌を持って来て、パラパラと打ちこわしておしまいになりました。



底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1922(大正11)年12月7日
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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