トモット不思議な事には、その男の凹《へこ》んだ眼の底に、裸体か、もしくは裸体に近い女の姿がチラリとでも映ると、それが絵であろうと、実物であろうと見境《みさか》いは無い。破れ千切《ちぎ》れた登山靴を宙に飛ばして、逃げ出して行くのでした。そうして知らない家《うち》でも、自働電話でも何でも構わない。行きなり放題に飛込んで、救《たす》けを求めるかと思うと、進行中の電車や汽車に飛び乗りかけて、跳ね飛ばされたりするので、トテモ剣呑《けんのん》で仕様がないのです。……ええ……そうなんです。近頃は方々の店先に裸体画が殖《ふ》えて来ましたからね。おまけに秋口といっても、旭川の日中はまだ相当暑いのですからね。何でもソレらしいものを見さえすれば、絵葉書屋の前だろうが、川の中の洗濯女だろうが見境いは無い。又は一里先だろうが鼻の先だろうがおなじこと。悲鳴をあげて狂い出すのでトウトウ旭川の町中の大評判になってしまいました。
 ところがそのうちに、そのエロ狂の骸骨男が、ドウ戸惑いをしたものか、旭川の警察署へ飛び込んで、保護を受けるようになりますと、世間は又広いもので、意外にもその骸骨男を引取りたいという、篤志家《と
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