谷山家の内情……特に龍代の放埒《ほうらつ》の底意を、ドン底まで看破《みぬ》いておりましたAは、それから一か八かの芝居を巧みに打って、私を谷山家の養子に嵌《は》め込んでしまうと、いい加減な口実を作って、かなりの金を龍代から絞り取ったまま、パッタリと消息を絶ってしまったのです。
 しかもこれを見た龍代は、愚かにも、スッカリ安心してしまったものでした……というのは、つまりAが自分の註文通りに、どこか遠い処へ立去ったものと考えましたからで、こんな点では龍代も、普通の金持の子弟と同様に、お金の力を過信する傾向があったのですね。むろん私にもそれとなく打ち明けて、万事が清算済みになったつもりでいたらしいのですが、これが豈計《あにはか》らんやの思いきやでした。なかなかそれ位のことで諦らめ切れるAの悪魔趣味ではなかったのです。モットモット大きく、私共夫婦を中心とする谷山家の全体を、地獄のドン底に落ちる迄絞り上げながら、高見《たかみ》の見物をしてやろうという、その準備計画のために、ホンの暫くの間、姿を晦《くら》ましていたものに過ぎませんでした。

 Aは先ず、彼の記憶に残っている私の言葉の九州|訛《なま
前へ 次へ
全52ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング