が、この病院の中《うち》で埋れ木になるか、ならないかの境い目と思いますから、背に腹は換えられない気持ちで、先生にだけソッとお打明けする次第ですが……ハハイ……ハイ。
先生はズット前に、誰からか、コンナ話をお聞きになった事がありましょう。
北海道は石狩川の上流、山又山のその又奥の奥山に、一軒の原始的な小舎《こや》が建っているのが見える。その家は北面の背後を、旭岳に続く峨々《がが》たる山脈に囲まれている一方に、前面は切立ったような、石狩本流の絶壁に遮《さえぎ》られていて、人間|業《わざ》では容易に近付けない位置に在るので、ツイこの頃まで、誰にも発見されないままになっていたものらしい。
ところが最近に到って、北海道特有の薬草|採《と》りが、霧に出会って山道に踏み迷った結果、偶然に、遠くからこの一軒屋を発見してからというもの、急に評判が高くなって、北海道中に拡がってしまった。……その一軒家は、まだ誰も知らないアイヌ部落の離れ小舎《ごや》だろうと云う者が居る。一方に、それは北海道名物の、監獄部屋から脱出した人間が、復讐《しかえし》を恐れて隠れているのだ……といったような穿《うが》った説が出
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