直線に北海道に帰って来ましたAは、その後の私の動静を、詳細に亙《わた》って探りまわった序《ついで》に、二人の間に愛の結晶が出来かけている事実まで、透《す》かさずキャッチしてしまいますと、なおも最後的な脅迫材料を掴むべく、もう一度、極《ごく》秘密の裡《うち》に、石狩川の上流を探検に出かけたものです。
彼はモウその時には、旭岳の斜面の一軒家が、私の棲家であったことを確信していたものでしょう。ですからそこまで突込んで、何かしら動きの取れない材料を掴んだ上で、今の新聞紙面か何かと一緒に、私へ突付ける心算《つもり》だったのでしょう。
ところがそこまではAの着眼が百二十パーセントに的中していたのですから、先ず先ず大成功と云ってもよかったのですが、それから先がどうもイケませんでした。
……というのは外でもありません。流石《さすが》に悪魔式の明敏なアタマを持っておりましたAも、ここで一つの小さな……実は極めて重大な手落《ておち》をしている事に、気が付かないでいるのでした。すなわち樺戸に訪ねて来ました、女給の久美子の行衛《ゆくえ》について、深い考慮を払っていなかったことで、つまり久美子のああした行動は、テッキリ活動屋の宣伝に使われたものとばかり考えていたのです。そうして久美子自身は、新聞記事と一所に音も香《か》もなく消え失せたものと、信じ切っていたのですね。これは要するにAの頭が、アンマリ冴え過ぎていたところから起った間違いでしたが、しかもそのお蔭で折角のAの計画が実に意想外とも、ノンセンスとも云いようの無い、悲惨な結果に陥ることになったのです。
それから約一箇月ばかり経った、秋の初めのことでした。
骸骨のように痩《や》せこけた身体《からだ》に、ボロボロの登山服を纏《まと》うて、メチャメチャに壊れたカメラを首に引っかけた、乞食然たる男の姿が、ヒョッコリ旭川の町に現われて、何やら訳のわからない事を口走りながら、ウロウロし初めました。その男はヒドイ紫外線か、雪ヤケにかかったらしい、泥のような青黒い顔をしておりまして、そのボックリと凹《へこ》んだ眼窩《がんか》の奥から、白眼をギラギラと輝やかし、木の皮や、草の根の汁で染まった黄金《きん》色の歯をガツガツと鳴らしながら、川を渡るような足取で、ヒョロリヒョロリと往来を歩いているという、世にもモノスゴイ風《ふう》付きでしたが、更にモッ
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