では嘘を吐《つ》いたものは石の牢屋に入れることになっているのだから、貴様もいれてやる」
 と云ううちに王様は立ち上って、泣き叫ぶ姫の襟首《えりくび》をお掴《つか》みになりました。
 お母様のお妃は慌ててお止めになって、
「サア姫や。嘘を吐《つ》いて済みませんでしたとお云い。これから決して嘘を吐《つ》きませんとお云い。お母さんが詫《わび》をして上げるから」
 と云われましたが、姫は頭を振って「イヤイヤ」をしながら、強情を張って泣くばかりでした。
「よし。そんなに強情を張るならいよいよ勘弁できぬ」
 と王様は大層腹をお立てになって、とうとうオシャベリ姫を石の牢屋に入れておしまいになりました。
 石の牢屋はお城の地の下の、真暗なつめたいところにありました。
 オシャベリ姫はそこに入れられて、あんまり怖いので石の上に寝たままオイオイ泣いていましたが、いつまで経っても誰も助けに来てくれません。お母様や女中の名前を呼んでも、あたりは只シンとして真暗なばかりです。
 そのうちに姫は泣きくたびれて、ウトウトねむりかけますと間もなく、
「ニャー」
 と云うやさしい猫の声がきこえました。
 見ると、向うの暗いところに黄金色の猫の眼が二つキラキラと光っています。
 オシャベリ姫は淋しくてたまらないところでしたから、この猫を見るとよろこんで、
「チョッチョッチョッ」
 と呼びました。そうすると猫はすぐに姫のところへ摺《す》り寄って、咽喉《のど》をグルグル鳴らしました。
 姫は猫を抱き上げてこう云いました。
「まあ……お前はどこから這入って来たの? この石の牢屋には鼠の入る穴さえ無いのに……お前、もし出るところを知っているのなら妾に教えて頂戴な!」
「ニャー」
「オヤ。お前、出て行くところを知ってるのかえ」
「ニャー」
「じゃお前、先に立って妾をつれて行っておくれな」
「ニャーニャー」
 と云ううちに、猫はもう姫の手を抜け出してあるき出しながら、「こっちへいらっしゃい」と云うようにふり返りました。
 オシャベリ姫は、猫が本当に牢屋の外へ連れて行ってくれるのか知らんと変に思いながら、真暗な中で時々ふりかえる猫の眼を目あてにしてソロリソロリとあるき出しますと、不思議にも狭いと思った牢屋は大変に広くて、どこまで行っても突き当りません。そのうちに何だか野原に来たようで、穿《は》いている靴の先に草っ葉が当るようです。
 なおよく気をつけて見ると、頭の上には空があって、処々《ところどころ》その雲の間から星が光っています。
「まあ。やっぱり猫は本当にあたしを助けてくれるのだよ。だけど一体ここはどこなんだろう」
 と、そこいらを見まわしました。
 そうするとやがてあたりが明るくなって、まだ見た事もない山や河や森や家が見えて来ると一所に、向うの雲の間から真赤なお天道様がピカピカ輝きながら出て来ました。そうしてそこいら一面に咲いている花も照らしました。
 その時に気がつくと、最前の猫はどこへ行ったか、影もすがたもなくなっていました。
 オシャベリ姫がボンヤリして立っていますと、間もなくうしろの森の中から二人の百姓の夫婦らしいものが出て来ましたが、だんだん近づいて見るとコハ如何《いか》に……それは人間の姿をした雲雀《ひばり》で、オシャベリ姫の姿を見付けるとビックリして立ち止まりました。そうして二人はオシャベリ姫を指しながら話を初めました。
「クイッチョ、クイッチョ、クイッチョ、クイッチョ」
「ピークイ、ピークイ、ピークイ、ピークイ」
 これを聞くと、オシャベリ姫は不思議なことも何も忘れて、可笑《おか》しくてたまらなくなりました。
「マア……可笑しいこと。アノ……チョイト雲雀さん。ここは何という処ですか。教えて頂戴な」
 と近寄って行きました。
 そうすると雲雀の夫婦は慌てて逃げ出しました。
「ピーツク、ピーツク、ピーツク、ピーツク」
「ツクリイヨ、ツクリイヨ、ツクリイヨ、ツクリイヨ」
 と、一生懸命に叫びながら自分の家の方へ逃げて行きますと、その声をききつけて森の中から沢山の雲雀が出て来ました。
 その雲雀たちはみんな人間の姿をしていて、お爺さんのようなの、お婆さんのようなの、又は若い人から子供までいるらしく、みんなゾロゾロと連れ出ってオシャベリ姫をすっかり取り巻いてしまいました。
 オシャベリ姫を取巻いた雲雀たちは、初めはみんなだまって不思議そうにオシャベリ姫を見ていました。
 けれども何もわるいことをしそうにもないので姫は安心をしまして、も一ペン尋ねて見ました。
「まあ……ここは雲雀の国なの? あたしは人間の国から来たものだけれども、帰り途《みち》がどっちへ行っていいかわからなくて困っているのよ。だれか知っているなら教えて頂戴な」
 すると、その中《うち》の一番年寄りらしい身姿《みなり》をした雲雀がこう云いました。
「リイチョ、リイチョ。リイチョ、リイチョ。チョ、チョ。チョン、チョン」
「まあそれは何と云うこと」
「チョングリイ、チョングリイ、チョングリイ」
「グリイチリ、グリイチリ。チリロ、チリロ」
「ちっともわからないわ」
「チリル、チリル。ルルイ、ルルイ。リイツク、リイツク、リイツク、リイツク」
「つまらないわねえ……そんな言葉じゃ……」
 オシャベリ姫がこう云いますと、今度は集まっていた雲雀がみんな一時にしゃべり出しました。
「ピークイ、ピークイ。ピークイ、ピークイ。クイッチョ、クイッチョ。クイッチョ、クイッチョ。チョ、チョ。チョン、チョン。チョングリ、チョングリ。チイヤ、チイヤ。チャルイヨ、チャルイヨ。チャルイヨ、チャルイヨ」
 オシャベリ姫はあんまり八釜《やかま》しいのでびっくりして、
「まあ。何てやかましいんでしょう。そんなにしゃべっちゃ、私の耳が潰《つぶ》れてしまうよ。やめて頂戴、やめて頂戴」
 と云いましたが、雲雀たちはなかなかやめません。なおもよってたかってしゃべりつづけます。
 オシャベリ姫はあんまり雲雀たちにシャベりつけられて、これはたまらぬと両手で耳を押えて逃げだしますと、雲雀たちはなおもしゃべりつづけながら追っかけて来ます。
 その上にいつどこから出て来たか、雲雀の兵隊や巡査までが繰出して来て、
「キイキイ、ピイピイ」
 と叫びながら、広い野原を逃げまわるオシャベリ姫を追っかけまわしました。その恐ろしいこと……。
 オシャベリ姫はもう夢中になって泣きながら逃げまわっていましたが、やがて草の中にあった深い井戸の中へ真逆様《まっさかさま》に落ち込んで、そのままズンズンどこまでも落ちて行きました。
 姫は又ビックリして、
「アレ、助けて」
 と叫びましたが、あんまりの恐ろしさに眼をまわしてしまいました。
 けれども間もなく又気がついて見ますと、今度はいつ連れて来られたのか、立派な寝床の上に寝かされて、頭の下には柔かい枕が置いてあります。
 どうしたのかしらんと思って、そこいらを見まわしますと、又ビックリしました。
 枕元には人間の大きさ位の青蛙の看護婦が二人、黄金《きん》色の眼を光らして、白い咽喉《のど》をヒクヒクさせながら腰をかけています。
 青蛙の看護婦はオシャベリ姫が眼をさましたのをみると、すぐに立ち上って、
「キャッ、キャッ、キャッ、キャッ」
 と呼びました。
 すると向うの室で、
「クン……クン」
 という声がきこえまして、黒い立派な洋服を着て眼鏡をかけた大きな疣《いぼ》蛙が、黒い皮の鞄を提げてノッサノッサと出て来ました。
 その疣《いぼ》蛙は姫のそばへ来ると、鞄から虫眼鏡を出して、姫の顔を眼から鼻から口と一つ一つていねいにのぞきましたが、おしまいに黒い冷たい手で姫の手を掴もうとしました。姫は驚いて、
「アレ」
 と云って手を引っこめますと、疣蛙は眼をパチクリさせていましたが、やがて青蛙の看護婦に、
「クフン、クフン」
 と何か云いつけて出て行ってしまいました。
 そうすると、それと入れ違いに今度は赤い兵隊の服を着た赤蛙が先に立って、あとから最前の疣蛙が這入って来ると、立派な金モールの服を着た殿様蛙と、その奥さんらしいやさしい顔をした青蛙が這入って来ました。この殿様蛙夫婦が這入って来ると、室中にいた疣蛙も赤蛙も青蛙もみんな一時に床の上にひれ伏してしまいました。
 けれどもその中で疣蛙だけは頭を下げたばかりで、やがて殿様蛙の夫婦をつれて姫の前に来て、姫の眼や口や鼻を指さして、
「クンクンクンクン」
 と何か話しますと、殿様蛙夫婦は眼をクルクルまわしてうなずいております。
 姫は可笑しくなって来ました。
「妾は今蛙の国に来て、蛙の病院に入れられているのに違いない。疣蛙はここのお医者さんで、殿様蛙はきっとここの王様で妾を見に来たのに違いない。妾の顔と蛙の顔とは大変に違うから珍らしがっているのだろう」
 こう思っているうちに、殿様蛙は赤蛙の兵隊を連れてサッサと帰って行きました。
 そうすると大変です。
 蛙の国の王様がわざわざ病院までオシャベリ姫を見に来たということを国中の蛙はみんなきいたらしく、いろんな蛙がゾロゾロと蛙の病院の入り口から這入って来ては姫の顔をのぞき込みます。虫眼がねを出してのぞき込むものもあります。ノートブックを出して何か書き止めて行くものもあります。または写真機を出して撮影《うつ》して行くものなぞいろいろありまして、中には何やらお話をしかけるものもあります。
「グレレ、グレレ、グレレ、グレレ
 ケオコ、ケオコ」
 雲雀の国で懲《こ》りていたのでさっきからだまって我慢をしていたオシャベリ姫は、もう我慢し切れなくなって吹き出しました。
「オホホホホ。ああ、可笑しい可笑しい。何ておかしい言葉でしょう」
 オシャベリ姫がこう云いますと、蛙たちはビックリしたらしく、みんな顔を見合わせましたが、やがて又前よりも一層烈しくオシャベリ姫にシャベリかけました。
「グル、グル、グル
 グルイレ、グルイレ、グルイレ」
「クロ、クロ、クロ、クロ
 プリイ、プリイ、プリイ
 プロロ、プロロ、プロロ」
 と云いながら、われもわれもとオシャベリ姫をのぞきこみます。
「オホホ、ハハハハ。あたしの顔が何でそんなに珍らしいの。眼玉ばかりキョロキョロさして」
「ツララロ、ツララロ、ツララロ、ツララロ、ツララロ、ツララロ」
「ハハハハハハハハ。ホホホホ。あたしいやよ、そんなにのぞいちゃ。アレ冷たい。気味のわるい。さわっちゃいけない。キタナラシイじゃないの」
「ダレイケ、ダレイケ、ダレイケ
 グレイケロロ、グレイケロロ、グレイケロロ」
「コロロ、グロロ、ガロロ、ウロロ、ゲロロ、ゲロロ、ゲロロ」
 といううちに、あとからあとからのぞき込んで来ます。しまいには上から上に重なり合って、姫の寝台の上まで飛び上って来て、われもわれもとしゃべります。
 オシャベリ姫は、これはたまらぬとはね起きて、入り口から逃げ出そうとしましたが、看護婦の青蛙が両方からかじり付いて放しません。
 その中《うち》に窓の方を見ますと、窓の外はもう一面に蛙が山のように押し寄せて、あっちへ押し合いこっちへヘシ合い、大変な騒ぎです。おまけにそのシャベルこと。
「グレーレ、グレーレ、グレーレ、グレーレ
 グレーチョコ、グレーチョコ
 グルーロ、グルーロ、グルーロ
 レロロ、レロロ、レロ、レロ、レロ」
「ツララ、ツララ、ツラララロ
 クロラ、クロラ、クロロロラ
 ゲレロ、ゲレロ、ゲレレレロ
 グラ、グラ、グラ、グラ、グラ
 ゲラ、ゲラ、ゲラ、ゲラ、ゲラ
 ガラ、ガラ、ガラ、ガラ、ガラ」
 姫は一生懸命大きな声をして、
「ちょっと待って頂戴。そんなに押すと寝台が壊れてしまうよ。そんなにしゃべると妾の耳が破れてしまうよ」
 と叫びましたが、蛙どもはなおも一生懸命にのぞき込んでしゃべります。
 姫はもう死に物狂いになって、蛙たちの頭を踏《ふみ》つけて表に飛び出しましたが、門のところまで来ると又驚きました。
 オシャベリ姫は蛙のオシャベリに驚いて、蛙の病院から飛び出して表へ逃げ出しましたが、表門を出て
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