まして見ますと、まだ夜が明けないで真暗なんでしょう。あたしは何だか本当に黒ん坊が来そうになってこわくなりましたから、ソッと起き上って次の間《ま》の女中の寝ているところへ来て見ますと、二人いた女中が二人ともいないのです」
「憎い奴だ。お前の番をする役目なのにどこに行っていたのであろう。非道《ひど》い眼に合わせてやらなくてはならぬ」
と王様は又も大層腹をお立てになりました。
「それがねえ、お父様。お叱りになってはいけないのですよ。妾もどこに行ったろうと思って探して見ると、二人とも機織《はたお》り部屋に行って糸を紡《つむ》いでいるのです」
「何、糸を?」
とお妃《かあ》さまが云われました。
「感心だねえ。夜も寝ないで糸を紡いでいるのかえ」
「それがまだ感心することがあるのですよ……」
オシャベリ姫はなおも前のお話をつづけました。
「あたしは、二人の女中が今頃何だって機織室に這入って糸を紡いでいるのだろうと思って、ソッと鍵の穴から中の様子を見ますと、本当にビックリしてしまったのです。だって東の方の壁と西の方の壁に、一列ずつ何百か何千かわからぬ程沢山の蜘蛛がズラリと並んでいるのです」
「何、蜘蛛が! おお、気味のわるい」
と王様とお妃は一度に云われました。
「ところがそれがちっとも気味わるくないのです。東の方の壁に並んでいる蜘蛛はみんな黄金《きん》色で、西の方のはすっかり白銀《ぎん》色なのです。そのピカピカ光って美しいこと。そうして黄金《きん》色の蜘蛛のお尻からは黄金《きん》色の糸が出ているし、白銀《ぎん》色の蜘蛛のお尻からは白銀《ぎん》色の糸が出ているのを、二人の女中が一人ずつ糸車にかけて、ブーンブーンと撚《よ》って糸を作っているのです。その面白くて奇麗だったこと……」
「フーム。それは不思議なことだな」
「まだ不思議なことがあるのです。その糸を巻きつけた糸巻きがだんだん大きくなって来ますと、その糸の光りで室中が真昼のように明るくなります。私はあんまりの不思議さにビックリして思わず外から……その糸をどうするの……と尋ねました」
「そうしたら何と返事をしたの」
とお妃様がお尋ねになりました。
「そうしたら、返事をしないのです」
「どうして」
「二人の女中はビックリして私の方を見ました。その拍子《ひょうし》に今までブンブンまわっていた二人の女中の糸巻きが急にあべこべに
前へ
次へ
全27ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング