たが、間もなく顔中に勝ち誇ったような冷笑を浮かみ上がらせた。
 三好と又野は壁の穴から身を退《ひ》いて、恐る恐る顔を見交した。二人とも笑えないほど緊張していた。やがて又野が深い、長い溜息を一つした。
「……そうかなあ……彼奴《あいつ》かなア……」
 セカセカと眼鏡をかけ直しながら三好はうなずいた。又野は茫然となった。
「そうかなあ……ヘエーッ……」
「まだ疑っているのかい。タッタ今、自分で犯人だって事を自白したじゃねえか」
「……フーム……」
「又野君……」
「……………」
「今夜、俺と一所《いっしょ》に来てくれるかい」
「どこへ……」
 三好の眼鏡が場内の電燈を反射してキラリと光った。命令するように云った。
「どこへでもいいから一所に来てくれ。六時のボーが鳴ったら俺が迎えに行く。俺一人じゃ出来ねえ仕事だかんな」
 又野が黙って腕を組み直して考え込んだ。三好が冷然と見上げ見下した。
「嫌になったのかい。それとも怖くなったんかい……」
「ヨシッ……行く……」
「きっとだよ」
「間違いない」
「大仕事になるかも知れないよ」
「わかっとる」
「生命《いのち》がけの仕事になるかも……」
「ハハハ。わかっとるチウタラ……」

       五

 星浦製鉄所はさながらの不夜城であった。鎔鉱炉《ようこうろ》、平炉《へいろ》から流れ出すドロドロの鉄の火の滝。ベセマー炉から中空《なかぞら》に吹上げる火の粉《こ》と、高熱|瓦斯《ガス》の大光焔。入れ代り立代り開く大汽鑵《ボイラー》の焚口《たきぐち》。移動する白熱の大鉄塊。大|坩堝《るつぼ》の光明等々々が、無数の煙突から吐出す黄烟、黒烟に眼も眩《くら》むばかりに反映して、羅馬《ローマ》の滅亡の名画も及ばぬ偉観、壮観を浮き出させている。その底に整然、雑然と並んでいる青白いアーク燈の瞬きが、さながらに興国日本の、冷静な精神を象徴しているようで、何ともいえず物凄い。
 第一製鋼工場の平炉は今しも、底の方に沈んでいる最極上の鋼鉄の流れを放流しつくして、不純な鉱石混りの、俗に「※[#「金+皮」、第3水準1−93−7]《かわ》」と称するドロドロの火の流れを、工場裏の真暗い広場に惜し気もなく流し捨てている。
 暗黒の底に水飴《みずあめ》のように流れ拡がる夥しい平炉の白熱鉱流は、広場の平面に落ち散っている紙屑、藁屑《わらくず》、鋸屑《おがくず》、塗料、
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