二人をソッと抱き上げて、海月の上にお乗せになりました。
「海月よ。お前は絶えず光りながら、この兄妹《きょうだい》を水の上まで送り届けよ。そうして、悪い魚が近付かないように毒の針を用意して行けよ」
海月は黙って浮き上りました。
咲き揃った水藻《みずも》の花は二人の足もとを後《うしろ》へ後へとなびいてゆきました。御殿の屋根は薔薇色に、または真珠色に輝きながら、水の底の方へ小さく小さくなってゆきました。宝石をちりばめたような海月の足の下へ……。
「ネエ、ルル兄さま!」
「ナアニ……ミミ」
「女王様は何だかお母様のようじゃなかって」
「ああ、僕もそう思ったよ」
「あたし、何だかおわかれするのが悲しかったわ」
「ああ、僕もミミと二人きりで湖の底にいたいような気もちがしたよ」
こんなことを二人は話し合いました。そうして二人は抱き合って、海月の足の下をのぞきながら、何遍も何遍も女王様のいらっしゃる方へ「左様なら」を送りました。
ルルとミミが湖のおもてに浮き上ったところには、美しい一艘の船が用意してありました。その上にルルとミミは乗りうつりました。
「海月よ。ありがとうよ。ルルとミミが心から御礼を云っていたと、女王様に申し上げておくれ」
海月はやはりだまって、ユラユラと水の底に沈んで行きました。兄妹《きょうだい》は舷《ふなべり》につかまって、その海月の薄青い光りが、水の底深く深く、とうとう見えなくなってしまうまで見送っておりました。
お月様は今、西に沈みかけていました。かすかに吹き出した暁の風が、二人の船を陸《おか》の方へ吹き送りはじめました。
湖の面《おもて》には牛乳のような朝靄《あさもや》が棚引きかけていました。その上から、まだ誰も起きていないらしい、なつかしい故郷の村が見えました。その村のお寺の鐘撞き堂に小さく小さくかすかにかすかに光る鐘……ルルはそれをジッと見つめていましたが、その眼からどうしたわけか涙がポトポトとしたたり落ちました。
「まあ。お兄さま、どうなすったの。なぜお泣きになるの……」
ルルはしずかにふりかえりました。
「ミミや。お前は村に帰ったら、一番に何をしようと思っているの……」
「それはもう……何より先にあの鐘の音《ね》をききたいと思いますわ。あの鐘は今度こそきっと鳴るに違いないのですから……どんなにかいい音《ね》でしょう……」
と、ミミは
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