まだマリイ夫人の死骸を見ていないし、死んだ事も気付いていないかも知れない……というのが倫陀病院の電話で、R市の警察へ報告された第一話であった。

 対岸のR市から時を移さず水上署のモーター端艇に乗って出張して来た蒲生検事、市川予審判事、R市警察司法主任(警部)巡査、刑事、警察医、書記等、数名の一行は、先ず一名の刑事を倫陀病院に派してロスコー氏と東作老人の動静を監視させた。それからマリイ夫人の屍体を調査すると、マリイ夫人というのは西洋婦人としては小柄な方で、二十歳ぐらいに見える丸々と肥った、南欧式の肉感的な美人であったが、枕元の豆スタンドから引離した黒絹の被覆コードをグルグルと首に巻付け、乱れた金髪のカールを顔面一パイにヘバリ附かせた中から、青い両眼をクワッと見開き、白くなった小さな唇から、大きな赤黒い血の塊《かた》まりをダラリと腮《あご》の下へ吐出し、薄い、青絹の寝衣を胸の処までマクリ上げたまま虚空を掴んで悶絶している状態は、トテモ凄惨で二目と見られた姿ではなかった。ロスコー氏がタッタ一目で仰天して気絶してしまったのも無理はないと思われた。むろん疑いもない電燈コードによる絞殺死体で、格
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