がズウット向うまで行抜けております。この黒眼鏡をかけて御覧なさい。これは僕が眼鏡屋に命じて作らせた新発明品で、夜中に起った事件を昼間調べる場合に応用しますと、かなり微妙な働きをするのです。ハハハ。イヤ。特許を受ける程の物でもありませぬが御覧なさい。肉眼ではちょっと見えませぬが、これを掛けるとわかります。あの岩山からこっちのゴロ石へかけて、心持ち白く光っている道筋が見えましょう。これは人間の通ったアトの僅かの磨滅の重なり合いがそう見えるので、平生誰も行かないこっちの便所の裏の松原には、そんなものが見えないでしょう。この磨滅は岩山の向うの岩だらけの波打際まで続いているので、こうした微妙な天光の反射作用は、昼間は却《かえっ》てわからない。闇黒が深ければ深いほどハッキリして来るものです。つまり東作老人はもとよりの事、ロスコー家の人々は昼間、夜間を問わず、何度となくあの岩山に登って、向うの波打際まで降りて行った事があるので、眼を閉《つ》むっても本能的なカンで通抜けられる位、慣れ切った道になっているのでしょう。東作老人は、それを忘れているものですから、真の闇夜にこの松原を抜けて、あの岩山に登るのは
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