て聴取った。
 犬田博士は運転手に頼んで自動艇《モーターボート》をS岬の突端に在る、問題の岩山の根方に着けてもらって、一行をそこから上陸してもらった。それから自身は東作が浪を見ながら酒を飲んだという岩山の上の草原に立って、殆んど暗夜と変らない位に濃い、分厚い黒|硝子《ガラス》を張った飛行眼鏡をかけた。四方を注意深く見廻すと、自分一人で危なっかしい岩角を辿って水際まで降りて行った。それから腰を高くしたり低くしたりして、足場を探り探り岩山の周囲を探検するうちにヤット満足したらしく眼鏡を外して一行を手招きした。それから今一度、黒眼鏡をかけて、ゴロゴロ石ばかりの松原の中をスタスタと、ロスコー家の裏手に在る東作の居室まで来ると、扉の内側を念入りに調べていたが、又も満足したらしく軽いタメ息をして汗を拭いた。
「戸締りをした形跡がない。引っかけの輪金《わがね》がボロボロに銹《さ》びている。東作は毎晩、戸締りをしないで寝ていたものですね」
 司法主任がうなずいた。一同が犬田博士を取巻いた。
「この家からあの岩の岬まで真暗闇の中を歩いて来るのは決して困難じゃありませぬ。松の間のゴロ石の上を比較的広い隙間
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