来た書類や、写真のそこ、ここを拡大鏡で精細に覗きまわり、最後に刺青の道具を容れた銀の箱を開き、片隅に詰めてある、小さなアルコールとコカインの中味を嗅ぎ比べ、または舐《な》め、India Rubber と彫った小型の銀筥《ぎんばこ》の中の青墨をコカインに溶いて手の甲に塗ってみるなぞ、相当時間をかけた熱心な調査の後に、胡麻塩《ごましお》頭をモジャモジャと掻きまわし、山羊鬚《やぎひげ》を撫で揃え、瘠せこけた身体《からだ》に引っかけた羊羹《ようかん》色のフロックコートの襟をコスリ直した犬田博士は顔を真赤にして謙遜した。
「この程度の説明なら、私にも出来ますが……」
 とニコニコ顔で近眼鏡を拭き拭き一同に向って咳払いをした。
「これはドウモ貴重な文献ですな。この書類は皆ロスコー氏の父君、M・A・ロスコー氏と、今度自殺されたというJ・P・ロスコー氏の合同の研究に係るもので、刺青の技術を主眼とした各国別と、各職業別になっておりまして、恐らくこの原稿が出版されましたならば世界有数の権威ある刺青の研究書になるであろうと信じます。
 冒頭の序文に拠りますと、全体の約三分の二が父、M・A・ロスコー氏の蒐集写
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