、変更した事が、却《かえ》ってこの事件に対する理解の明瞭度を高めるために役立っていると思う。なお前記三項を偽装し、又は仮装した事は、この事件の真相を記憶している或る一部の人々の不快とするところかも知れないが、そのそうしなければならなかった理由は、読了後に、自ら首肯され得るであろう。

 R市のS岬というと日本海に面した風光明媚の景勝である。R市から海越しに、直径、一里半ばかり距たった対岸で、首の細い半島になっている赤土山の松原の中に、西洋人や日本人の別荘がチラホラと建っている処であるが、その内海側の一番突端のコンモリと丸い松林の緑の中に、R市に在る某石油会社の支配人で、有名な愛妻家として、度々新聞にゴシップされた事のあるJ・P・ロスコーという×国人の住宅が建っていた。見るからに蕭洒《しょうしゃ》なバンガロー風の青ペンキ塗、平屋建で、対岸のR市から眺めると、三丁ばかり離れて建っている倫陀療養院の赤い屋根と、偶然の美しいコントラストを作っているのであるが、そのJ・P・ロスコー氏の最愛の夫人で、今年二十四になるマリイ・ロスコーという美人が大正×年の八月二十何日であったか土曜日の真夜中に、この
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