けた馬鹿馬鹿しいとも形容さるべき構造で、ロスコー夫妻の頽廃的な趣味を露骨に裏書きしたものであった。
 それから第二は寝室(犯行現場)の隣室になっているロスコー氏の書斎の一隅に在る粗末な木製の本箱を、一人の刑事が何気なく取除いてみると、その向側の壁に塗込んである極めて旧式の小型金庫が発見された事であった。その金庫は無論日本製のものであったが、その金庫を発見した刑事が、何かしら胡乱《うろん》臭いと思ったのであろう、持っていたマリイ夫人の鍵束でコジリ廻して、出鱈目《でたらめ》にマリイという三字の片仮名の記号を引っかけてみると偶然の一発当りで開いた。その中の棚には一々薄紙に包んだ沢山の写真と、英文の美事な細字で認《したた》めた原稿様の西洋型罫紙の大部な綴込と、西洋式の刺青の道具を納めた大きな銀の箱とが重なり合っていたが、中にもその夥しい写真というのは全部、世界各国人の各階級を網羅したものらしい刺青の写真ばかりで、驚くべき事にはそれ等の刺青の中に、新聞や雑誌で紹介されている各国の貴顕、名士、スター級の映画女優の顔がチラリチラリと混っているばかりでなく、更に更に驚くべき事にはマリイ夫人その人の刺青、ロスコー氏自身、及、コック兼小使の東作の前身に相違ないと思われる若い西洋人と、日本人の顔と、その首から下に属する刺青とが各一枚|宛《ずつ》、美事な印画紙に焼付けられているのが発見された事であった。
 その中でマリイ夫人の刺青の図柄は前述の通りであるが、ロスコー氏自身のものは精密な西洋古代の海戦の単色彫り。又、東作のは吉原の花魁《おいらん》道中の図で、これは又ロスコー氏の分と正反対に暈《ぼ》かし、色彫り、化粧彫りなぞいう、あらゆる刺青の秘技を発揮した豪華版が、そっくりその通りに水彩顔料で彩色されたものであった。
 こうした数々の発見は、流石《さすが》の事件に慣れた警官たちを少なからず面喰らわせた。
 最初は金品の紛失が一つも発見されないところから、単なる痴情関係から起った事件ではないかという考えが、期せずして一同の頭に浮んでいたらしかったが、こうした途方もない発見が次から次に出て来ると、その単なる西洋婦人殺しの裏面に潜んでいる事情が、何かしら複雑を通り越した、恐ろしく怪奇な、むしろ神秘めいたものではないかという感じが、一同の頭を次第に動揺させ初めたのであった。

 一方には倫陀療養院から召喚された東作爺が、ロスコー家裏手の日本屋自室で、厳重な取調《とりしらべ》を受けたのであったが、その申立《もうしたて》の内容にも、相当に怪奇な分子が含まれていた。
 東作の全身には、ロスコー氏の金庫の中から発見された写真と同様の刺青がたしかに存在していた。それはその撮影と彩色の技術が如何に巧妙な、且《かつ》、優秀なものであるかを事実に証明しているものであったが、本人自身はその背負っている刺青の威勢のヨサにも似合わず、ただもう恐れ入った篤実そのもののような態度で、ビクリビクリと訊問に応ずるのであった。
「私は三十年ばかり前からコック兼、掃除男として御当家ロスコー様に御奉公申上ている者で御座います。お給金は毎月八十円を頂戴しまして、R市で玉突屋を致しております実の娘と、大学生の養子夫婦に毎月六十円ずつ分けてやりまして、残りの二十円を煙草代と酒代にしながら気楽な日を送っておりますような事で、貯金も只今は二千円余り御座いますので、死んだ後の事なぞチットモ心配致しておりませぬ。
 只今のロスコー様の御夫婦仲はまことにお宜しいようで……ことにお二人の中でも奥様のマリイ様は見かけに寄らない気の強いお方で御座います。御主人が御心配なさるのを振切ってコンナ淋しい処に地面をお求めになって、御自分のお好みの通りの家をお建てになって、タッタ一人でお留守番をなさるのですからエライもので、雪の降る日や、雨風の日などは遠い郊外電車の停留場から歩いてお帰りになる御主人様が、却《かえ》ってお気の毒でなりませぬ。そのような話を私から聞きました娘夫婦も驚いて感心しておりますような事で……又、御主人のロスコー様の方は万事にお気の小さい、優しい一方の御方で御座いますが……それよりほかには御二方《おふたかた》の日常の御生活につきましては、詳しく存じも致しませぬし、申上る事も御座いませぬ。
 昨夜はロスコーの若旦那様が私に「今夜はかなり遅くなる見込だから戸締を厳重にして早く寝なさい。表の玄関の合鍵は私が持って行くから裏口の締りだけ頼みます」といったようなお話で、そのままお出かけになりましたので、日が暮れると奥様にお夕飯を差上げましてから直ぐに、この部屋に引取りまして、久振りに手酌でユックリと一杯飲んで寝ました。
 ところが年寄の癖で、夜中に小便に行きたくなりまして眼がさめますと、平生に似合わず頭が割れるように
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