バンガローの中の寝室で絞殺され、暴行を加えられていた。その時に裏手の少し離れた日本家に住んでいたロスコー家のコック兼、小使の東作という老人は、奇怪にも酒に酔払って、そこから二百|米突《メートル》ばかり隔った半島の突端、外海側に在る低い、小さな岩山の上の、生い茂った草原の中にグーグー眠っていた……というのが事件の発端であった。
 その土曜日の晩に、会社で、徹夜の仕事をして、翌る日曜日の朝早く、大急ぎで帰って来た愛妻家のロスコー氏は、昨夜、自分自身の手で、たしかに鍵を掛けて出た筈の玄関の扉が、半分ばかり開いているのを遠くから発見してハッとした。大急ぎで吾家に走り込んで、惨酷《むご》たらしく変化したマリイ夫人の絞殺屍体を一目見ると、そのまま一散に表へ飛出して、意気地なくも、内海の波打際にブッ倒れて気絶しているのを、程経て沙魚《はぜ》釣りのために通りかかった二人の県庁吏員が発見して、程近い倫陀病院に担ぎ込んだ。その院長倫陀博士の応急手当で、ロスコー氏はヤット意識を回復して、前記のような事実を辛うじて物語るには語ったが、元来が西洋人一流の極度にセンチな意気地のない性格らしく、一種の痴呆患者か何ぞのようにボロボロと涙を流して「マリイマリイ」と号哭《ごうこく》するばかりで、何が何だかサッパリ要領を得ない。
 そこで倫陀院長が気を利かしてタッタ一人居る助手の弓削《ゆげ》という医学士に命じてロスコー家の様子を見に遣ると、この弓削医学士というのが又、そんなような仕事のノンビリした病院の助手らしい探偵小説の耽読者であった。従って相当の好奇心の持主らしく、ロスコー家の寝室に無断で侵入して、夫人の惨死体を発見したが、しかし流石《さすが》に屍体には手を触れなかった。そのまま浴室の横を抜けて、裏手の小使部屋に来てみると、兼てから顔と名前だけ知っている東作|爺《じい》の姿が見えない。怪《あやし》んで附近の状況を調べてみると東作の部屋に繋がっている呼鈴《よびりん》と、S市に通ずる電話線が切断されている。
 そこでイヨイヨ好奇心を唆《そそ》られた弓削医学士は、尚もそこらを隈なく探検している中《うち》に、意外にもS岬の突端の岩山の上で、大の字|型《なり》にグーグー眠っている東作爺を探出《さがしだ》したので、取敢えず揺起して倫陀病院に連行して、弱り込んだまま寝ているロスコー氏に附添わした。だから東作老人は
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