しみのおしまいよ」
「……ウソ……ウソバッカリ……」
「嘘なもんですか。妾は一番おしまいに貴方の手にかかって殺されるつもりでいたのよ。そうして妾の秘密を洗い泄《ざら》い貴方の筆にかけて頂いて、妾の罪深い生涯を弔《とむら》って頂こうと思って、そればっかりを楽しみにしていたのよ」
「……アハハハハアハハハハ……」
「イイエ。真剣なのよ。貴方の手がモウ妾の肩にかかって来るか来るかと思って、待ち焦れていたんですよ」
「……フーム……」
 私は短刀を片手に提げたまま頭《くび》をガックリと傾けた。理窟を考えよう考えようとしたが、自分の両足の下の藍色の絨緞《じゅうたん》と、その上に散乱した料理や皿の平面が、前後左右にユラリユラリと傾きまわるばっかりで、どうしても考えを纏めることが出来なかった。
 私は鏡の中の自分の姿を、眩《まぶ》しいシャンデリヤ越しに振り返ってみた。真白く酔い痴《し》れた顔が大口を開《あ》いて笑っていた。
「アッハッハッハッハッ。……よしッ……殺してやろう……」
 といううちに私は、短剣を逆手《さかて》に振り翳《かざ》しながら、寝台《ベッド》の上に仰臥している未亡人の方へ、よろめき
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