。奥さんが仔細《わけ》を尋ねる間《ま》もなく立ち上って、帽子を冠って、新しい靴下の上から、古い庭穿《にわば》きを突かけると、自転車に跨《またが》りながらドンドン都の方へ走り出した。
一時間ばかり走って、やっと都の中央の、目貫《めぬ》きの処に開業している、遠藤という耳鼻咽喉科病院の玄関に乗りつけた松浦先生は、滝のように流るる汗を拭き拭き、通りかかった看護婦に名刺を出して診察を頼んだ。
「鯛の骨が咽喉《のど》へかかりましたので……どうかすぐに先生へ……」
間もなく真暗な室《へや》に通された松浦先生は、白い診察服を着けた堂々たる遠藤博士と、さし向いに坐りながら、禿頭《はげあたま》をペコペコ下げて汗を拭き続けた。
「そんな訳で、気が急《せ》いておりましたせいか、ここの処に鯛の骨が刺さりまして、痛くてたまりませんので……実は先年、講習会へ参りました時に、先生のお話を承りまして……ある老人が食道に刺さった鯛の骨を放任しておいたら、その骨が肉の中をめぐりめぐって、心臓に突き刺さったために死亡した……という、あのお話を思い出しましたので……」
「ハハハハハ……イヤ。あの話ですか」
と遠藤博士は、
前へ
次へ
全88ページ中65ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング