ゃろか」
「……お前たちの事をバカタレって云っているんだよ……ホホホホ」
という声が不意に背後《うしろ》の方から聞こえたので、二人は又もビックリして振り向いた。見るとそれはこの別荘の若大将夫婦で、たった今ボート乗りから帰って来たものらしく、二人とも眩《まぶ》しいほど白い洋服を着て、濡れ草履《ぞうり》を穿《は》いて、ニコニコしながら突立っていた。
二人の子供はホッと安心したように溜め息を吐《つ》いた。そうして又も不思議そうに赤い鳥の方を振りかえった。
「……エー皆さん……エー皆さん……私は……私は……すなわち……すなわち……」
と赤い鳥は又別の事を云い出した。それにつれて奥さんは、日の照りかかる小鼻に皺《しわ》を寄せながら笑い出した。
「ホーラネ……ホホホホホホ……お前さん達の顔を見て馬鹿タレって云っているでしょう……ネーホラ……バカタレーッて……」
「……ちがう……」
と大きい方の児《こ》が眼をパチパチさせながら云い放った。イクラカ憤慨したらしく黒い頬を染めながら……しかし若い奥さんは凹《へこ》まなかった。イヨイヨ面白そうに金歯を出して笑った。
「イイエ……よく聞いて御覧……ホーラ……ネ……バカタレーッ……バカタレーッ……てね……ね……ホッホッホッホッ」
この笑い声を聞くと赤い鳥は、一寸《ちょっと》頭を傾けているようであったが、忽《たちま》ち思い出したようにパタパタと羽ばたきをした。籠の格子に掴まって、子供の顔を睨み下しながら、一際《ひときわ》高く叫び出した。
「……バカタレーッ……バカタレーッ……バカタレバカタレバカタレバカタレバカタレエーッ……」
そう云う赤い鳥の顔を、眼をまん丸にして見上げていた大きい方の児が、みるみる渋面を作り出した。眼に涙を一パイ溜めたと思うと、口惜しそうにワーッと泣き出して、テングサの束を投げ出したまま裏木戸の方へ駈け出した。小さい方の児もテングサの雫《しずく》を引きずり引きずりあとから跟《つ》いて出て行った。笑いころげる夫婦の声をあとに残して……。
大きい方の児は、すぐに網干場に駈け込んで、そこに突立っている赤褌の、桃の刺青をした男に縋《すが》り付いた。そうして一層泣き声を高めながら別荘の方を指《ゆびさ》して、切れ切れに訴えはじめた。
桃の刺青はウンウンうなずきながら聞いていたが、そのうちに二三度鉢巻を締め直した。青筋を立てて怒鳴った。
「……エエわからん……まっとハッキリ云え……ナニイ……あの別荘の奴等がか……ウンウン……あの赤い鳥にバカタレと云わせたんか……ウンウン……それに違いないナ」
横に立っていた小さい児も、指を啣《くわ》えたまま、大きい児と一緒にうなずいた。
「……ヨシッ……わかった……泣くな泣くな……畜生めら……そんな了簡《りょうけん》で、あの赤い鳥を連れて来腐《きくさ》ったんだナ……ヨシッ……二人とも一緒に来い……」
と云うより早く網を押しわけて別荘の方へ駈け出した。
しかし裏口から赤煉瓦の中へ這入ってみると、別荘の中はガランとしていて、人の気はいもなかった。ただ表の植込みから蝉《せみ》の声が降るように聞こえて来るばかりなので、桃の刺青はチョッと張り合いが抜けた体《てい》であったが、そのうちに小松の蔭に吊してある、青塗りに金縁《きんぶち》の籠を見付けると、又急に元気附いた。
「コン畜生……ひねり殺してくれる」
と独言《ひとりごと》を云い云い籠の口を開けて、黒光りに光る手首をグッと突込んだ。
赤い鳥は驚いた。バタバタと羽根を散らして上の方へ飛び退《の》いたが、なおも真黒い手が掴みかかって来るのを見ると、その手の甲へ勇敢に逆襲して、死に物狂いに喰い附いた。
「アッ……テテッ……テテェテテェテテェッ……」
桃の刺青も一生懸命になった。深く刺さった鈎型《かぎがた》の嘴《くちばし》を一気に引き離すと、黒血のしたたる手首を無我夢中にふりまわしたが、そのはずみに籠の底が脱けてバッタリ落ちたので、赤い鳥は得たりとばかり外へ飛び出して、見る見るうちに遠い松原の中に逃げ込んでしまった。
「……君は一体何をするんだ……」
鳥のあとを逐《お》うて二三歩馳け出したまま、ボンヤリと焼け砂の上に突立っていた桃の刺青は、突然にうしろから怒鳴り付けられたのでビックリして振り返った。見ると浴衣がけの若大将が湯上りの身体《からだ》をテラテラ光らせながら、小さな眼を光らして縁側に突立っていた。そのうしろから寝巻をしどけなく着た奥さんが、咽喉《のど》をピクピクさして泣きじゃくりながら、帯を捲き付け捲き付け出て来る模様であった。
「……二百円もする鳥を何で逃がした……うちの家内が吾《わ》が児《こ》のようにしていたものを……」
若奥さんは帯を半分捲き付けたままベタリと縁側に坐った。ワーッ……
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