愛想なものね。年中太陽に晒《さら》されて、豚小屋みたいな処に寝ころんで……」
「ウーン。女でも男でもずいぶん黒いね。トテモ人間とは思えない」
「男はみんなゴリラで、女はみんな熊みたいに見えるわよ」
「ハハハハ、ゴリラかハハハ」
「ホホホホヒヒヒヒヒ」
 すると、ちょうど網干場のまん中の渋小屋《しぶごや》(網に渋を染める小屋)の蔭で遊んでいた子守女《こもり》が二三人、鳴りを鎮《しず》めて二人の会話に耳を傾けていたのであったが、こうした言葉をきくと流石《さすが》に憤慨したものと見えて、子供を背負《しょ》い上げながら大急ぎで村へ帰って来た。そうして村の連中が夏祭りの相談をしながら、一杯飲んでいる処へやって来て、口々に忠実めかして報告した。
 只さえ気の荒い外海《そとうみ》育ちの上に、もういい加減酔払っていた若い連中は、これを聞くと一時に殺気立ってしまった。中にも赤褌《あかふんどし》一貫《いっかん》で、腕へ桃の刺青《いれずみ》をした村一番の逞ましいのが、真先に上《あが》り框《かまち》に立って来て呶鳴《どな》った。
「……何コン畜生……ごりら[#「ごりら」に傍点]タア何の事だ……」
「……知らんがナ……」
 と子守女《こもり》たちは見幕に恐れて後退《あとじさ》りをした。
「……ナニイ知らん……知らんタア何じゃい……」
「何でもええがッ……畜生メラ。この村を軽蔑してケツカルんだッ」
「第一この村の地内《じない》に家《うち》を建てながら、まだ挨拶にも失《う》せおらんじゃないか」
「……よしッ……みんな来いッ。これから行って談判喰らわしてくれる」
「……よし来た……喧嘩なら俺が引き受けた。モノと返事じゃ只はおかせんぞ」
 と云ううちに四五人バラバラと立ちかけた。その時であった。
「……マア待て待て……待て云うたら……」
 シャガレた声で上座《かみざ》から、こう叫んだ向う鉢巻の禿頭《はげあたま》は、悠々と杯を置いて手をあげると、真っ先きに立った桃の刺青を制し止めた。
「何だいトッツァン……又止めるんか」
「ウン。止めやせんがマア坐っとれい。俺は俺で考えとる事があるから……」
「フーン……そんなら聞こう」
 と桃の刺青が引返して坐った。ほかの連中もドタドタと自分の盃の前に尻を据えた。
「……ドンナ考えかえ……トッツァン……」
「考えチウてほかでもない。今度の夏祭りナア……ええか……今度の夏祭り時にナア……ええか……」
 禿頭はニヤニヤ笑いながら桃の刺青の耳に口を寄せた。子守女《こもり》たちに聞こえぬようにささやいた。
「……ナ……ナ……そうしてナ……もしそれを、それだけ出さんと吐《ぬ》かしおったら構う事アない。あの座敷にお獅子様を担ぎ込むんよ。例の魚血《なまぐさ》を手足に塗りこくって暴れ込むんよ……久し振りにナ……」
「……ウム……ナルホド……ウーム……」
「……ナ……高が守《もり》ッ子《こ》の云う事を聞いて、云いがかりをつけるよりも、その方が洒落《しゃれ》とらせんかい」
「ウン。ヨシッ。ワカッタッ。みんなであの座敷をブチ毀《こわ》してくれよう」
「シイッ。聞こえるでないか……外へ……」
「ウン。……第一あの嬶《かか》あ面《づら》が俺ア気に喰わん。鼻ッペシを天つう向けやがって……」
「アハハハハ。あんなヒョロッコイ嬶《かか》が何じゃい。俺に抱かして見ろ。一ト晩でヘシ折って見せるがナ」
「イヨーッ豪《えら》いゾッ。トッツァン。そこで一杯行こうぜ……アハハハハハハ」
「ワハハハハハ」
 そんな事でその時は済んだが、サテそのあくる日の正午近い頃であった。

 七ツと六ツぐらいの村の子供が二人連れで、素裸《すはだか》のまま、浜へテングサ[#「テングサ」に傍点]を拾いに来ていたが、いい加減に拾って帰りがけに、炎天の下の焼け砂の上を、開け放された別荘の裏木戸の前まで来ると、キョロキョロと中をのぞきながら、赤煉瓦塀《あかれんがべい》の中へ這入り込んだ……、家中《うちじゅう》の者がモーターボートで島巡りに出て行くところを今朝《けさ》から見ていたので……そうして縁側の小松の蔭に吊してある、赤い鳥の籠に近付きながら恐る恐るのぞきこんだ。
 その顔を見ると人なつこいらしい赤い鳥は、突然頭を下げて叫び出した。
「モシモシ。モシモシイ。コンチワ……コンチワコンチワ……」
 二人の子供はビックリして砂だらけの顔を見合わせた。
 それを見ると赤い鳥はイヨイヨ得意になったらしく、一心に子供の顔を見下しながら、低い声で歌を唄い出した。
「……ジャン、チェーコン、リウコン……コンリウ、コンジャン、チェーコンチェー……チェーリウコンコンジャンコンチェー……じゃんすいじゃんすい、ほうすいほう……すいすいじゃんすい、ほうすいほう……」
 子供は又も黒い顔を見合わせた。
「何て云いよるのじ
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