「……ようし……わかった……そんなら今夜は勘弁してやる。しかし約束を違えると承知しないぞ」
という、変梃《へんてこ》な捨科白《すてぜりふ》を残しながら三人は、無理に肩を聳《そびやか》して出て行った。
勇作はそれから後《のち》、公々然とこの家に入浸りになった。
ところが、やがて五六ヶ月経って秋の収穫期《とりいれどき》になると、後家さんの下ッ腹が約束の通りにムクムクとセリ出して来たのでドエライ評判になった。どこの稲扱《いねこ》き場《ば》でもこの噂で持ち切った。しかもその評判が最高度《ぜっちょう》に達した頃に村役場へ「勇作を娘の婿養子にする」という正式の届出《とどけで》が後家さんの手で差し出されたので、その評判は一層、輪に輪をかけることになった。
「これはどうもこの村の風儀上面白くない」と小学校の校長さんが抗議を申込んだために、村長さんがその届を握り潰している……とか……村の青年が近いうちに暴れ込む手筈になっている……とか……町の警察でも内々で事実を調べにかかっている……とかいう穿《うが》った噂まで立ったが、そのせいか「金持ち後家」の一家三人は、裏表の戸をピッタリと閉め切って、醤油買いにも油買いにも出なくなった。いつもだと後家さんは、収穫後《とりいれご》の金取り立てで忙しいのであったが、今年はそんなもようがないので、借りのある連中は皆喜んだ。
ところが又そのうちに、収穫《とりいれ》が一通り済んで、村中がお祭り気分になると、後家さんの家《うち》がいつまでも閉め込んだ切り、煙一つ立てない事にみんな気が付き初めた。初めのうちは「後家さんが、どこかへ子供を生みに行ったんだろう」なぞと暢気《のんき》なことを云っていたが、あんまり様子が変なので、とうとう駐在所の旦那がやって来て、区長さんと立ち合いの上で、裏口の南京錠をコジ離して這入ってみると、中には人ッ子一人居ない。そうして家具家財はチャンとしているようであるが、その中で唯一つ金庫の蓋が開《あ》いて、現金と通い帳が無くなっているようす……その前に男文字の手紙が一通、読みさしのまま放り出してあるのを取り上げて読んでみると、あらかたこんな意味の事が書いてあった。
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「お母さん。あなたがあの時に、勇作さんを助けて下すった御恩は忘れません。けれども、それから後《のち》の、あなたの勇作さんに対する、恩着せがましい横暴な仕うちは、イクラ恨んでも恨み切れません。妾《わたし》はもう我慢出来なくなりましたから、勇作さんと一緒に、どこか遠い所へ行ってスウィートホームを作ります。私たちは当然私たちのものになっている財産の一部を持って行きます。さようなら。どうぞ幸福に暮して下さい。
[#ここで字下げ終わり]
月 日
[#地から3字上げ]勇作
[#地から3字上げ]妻加代
母上様
それでは後家さんはどこへ行ったのだろうと、家中を探しまわると、物置の梁《はり》から、半腐りの縊死体《いしたい》となってブラ下っているのが発見された。その足下にはボロ切れに包んだ古鍋が投げ棄ててあった。
模範兵士
御維新後、煉瓦《れんが》焼きが流行《はや》った際に、村から半道ばかり上《かみ》の川添いの赤土山を、村の名主どんが半分ばかり切り取って売ってしまった。そのあとの雑木林の中から清水が湧くのを中心にして、いつからともなく乞食の部落が出来ているのを、村の者は単に川上川上と呼んでいた。
部落といっても、見すぼらしい蒲鉾小舎《かまぼこごや》が、四ツ五ツ固まっているきりであったが、それでも郵便や為替《かわせ》も来るし、越中富山の薬売りも立ち寄る。それに又この頃は、日ごとに軍服|厳《いか》めしい兵隊さんが帰省して来るというので、急に村の注意を惹き出した。何でも立派な身分の人の成《な》れの果《はて》が隠れているらしいという噂であった。
その兵隊さんというのは、郵便局員の話によると西村さんというので、眼鼻立ちのパッチリした、活動役者のように優しい青年であるが、この部落の仲間では新米らしく、すこし離れた所に蒲鉾小舎を作って、その中に床に就いたままの女を一人|匿《かく》まっている。その女の顔はよくわからないが年の頃は四十ばかりで、気味の悪いほど色の白い上品な顔で、西村さんがお土産《みやげ》をさし出すと、両手を合わせて泣きながら受け取っているのを見た……と……これは村の子守《こもり》たちの話であった。
それから後《のち》西村さんの評判は、だんだん高くなるばかりであった。その女は西村さんの何であろうか……と噂が取り取りであったが、そのうちに、村でたった一軒だけ荒物屋に配達されている新聞に、西村さんの事が大きく写真入りで出た。
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――西村二等卒は元来、東北の財産家の一人息
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