と笑いの爆発……。
若い男はハッと両手を顔にあてて、ブルブルと身をふるわした。初めから嘲弄されていたことがわかったので……同時に、横に居た桃割れも、ワッとばかり男の膝に泣き伏した。
硝子戸の外の笑い声が止め度もなく高まった。
巡査も腕を組んだまま天井をあおいだ。
「アアハアハアハア。馬鹿なやつどもじゃ。アアハアアアハア……」
空家《あきや》の傀儡踊《あやつり》
みんな田の草を取りに行っていたし、留守番の女子供も午睡《ひるね》の真最中であったので、只さえ寂《さ》びれた田舎町の全体が空ッポのようにヒッソリしていた。その出外れの裏表|二間《ふたま》をあけ放した百姓家の土間に、一人の眼のわるい乞食爺《こじきじじい》が突立って、見る人も無く、聞く人も無いのにアヤツリ人形を踊らせている。
人形は鼻の欠けた振《ふ》り袖《そで》姿で、色のさめた赤い鹿《か》の子《こ》を頭からブラ下げていた。
「観音シャマを、かこイつウけエて――。会いに――来たンやンら。みンなンみンやンら。……振りイ――の――たンもンとンにイ――北ンしよぐウれエ。晴れン間《ま》も――。さンら――にイ……。な――かア……」
歯の抜けた爺さんの義太夫はすこぶる怪しかったが、それでもかなり得意らしく、時々|霞《かす》んだ眼を天井に向けては、人形と入れ違いに首をふり立てた。
「ヘ――イ。このたびは二の替りといたしまして朝顔日記大井川の段……テテテテテ天道《てんどう》シャマア……きこえまシェぬきこえまシェぬきこえまシェぬ……チン……きこえまシェぬわいニョ――チッチッチッチッ」
「妻ア――ウワア。なンみンだンにイ――。か――き――くンるえ――テヘヘヘヘ。ショレみたんよ……光《みつ》ウ秀《ひで》エどンの……」
振り袖の人形が何の外題《げだい》でも自由自在に次から次へ踊って行くにつれて、爺さんのチョボもだんだんとぎれとぎれに怪しくなって行った。
しかし爺さんは、どうしたものかナカナカ止めなかった。ヒッソリした家の中で汗を拭き拭きシャ嗄《が》れた声を絞りつづけたので、人通りのすくない時刻ではあったが、一人立ち止まり二人引っ返ししているうちに、近所界隈の女子供や、近まわりの田に出ていた連中で、表口が一パイになって来た。
「狂人《きちがい》だろう」
と小声で云うものもあった。
そのうちに誰かが知らせたものと見えて、この家《や》の若い主人が帰って来た。手足を泥だらけにした野良着《のらぎ》のままであったが、肩を聳《そび》やかして土間に這入《はい》るとイキナリ、人形をさし上げている爺さんの襟首《えりくび》に手をかけてグイと引いた。振袖人形がハッと仰天した。そうして次の瞬間にはガックリと死んでしまった。
見物は固唾《かたず》をのんだ。どうなることか……と眼を瞠《みは》りながら……。
「……ヤイ。キ……貴様は誰にことわって俺の家《うち》へ這入った……こんな人寄せをした……」
爺さんは白い眼を一パイに見開いた。口をアングリとあけて呆然となったが、やがて震える手で傍《かたわら》の大きな信玄袋の口を拡げて、生命《いのち》よりも大切《だいじ》そうに人形を抱え上げて落し込んだ。それから両手をさしのべて、破れた麦稈《むぎわら》帽子と竹の杖を探りまわし初めた。
これを見ていた若い主人は、表に立っている人々をふり返ってニヤリと笑った。人形を入れた信玄袋をソッと取り上げて、うしろ手に隠しながらわざと声を大きくして怒鳴った。
「サア云え。何でこんな事をした。云わないと人形を返さないぞ」
何かボソボソ云いかけていた見物人が又ヒッソリとなった。
麦稈帽を阿弥陀《あみだ》に冠《かぶ》った爺さんは、竹の杖を持ったままガタガタとふるえ出した。ペッタリと土間に坐りながら片手をあげて拝む真似をした。
「……ど……どうぞお助け……御勘弁を……」
「助けてやる。勘弁してやるから申し上げろ。何がためにこの家に這入ったか。何の必要があれば……最前からアヤツリを使ってコンナに大勢の人を寄せたのか。ここを公会堂とばし思ってしたことか」
爺さんは見えぬ眼で次の間《ま》をふり返って指《さ》した。
「……サ……最前……私が……このお家に這入りまして……人形を使い初めますと……ア……あそこに居られたどこかの旦那様が……イ……一円……ク下さいまして……ヘイ……おれが飯を喰っている間《ま》に……貴様が知っているだけ踊らせてみよ……トト、……おっしゃいましたので……ヘイ……オタスケを……」
「ナニ……飯を喰ったア……一円くれたア……」
若い主人はメンクラッたらしく眼を白黒さしていたが、忽ち青くなって信玄袋を投げ出すと、次の間《ま》の上《あが》り框《かまち》に駈け寄った。そこにひろげられた枕屏風《まくらびょうぶ》の蔭に、空
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