、五十銭玉を一つ入れた状袋を、恐る恐る差し出して又ひれ伏した。するとその頭の上から、和尚の胴間声《どうまごえ》が雷のように響いて来た。
「しかし、早うせんと、病人の生命《いのち》が無いぞ……」
「ヘーッ……」
と文作は今一度畳の上に額をすりつけると、フラフラになったような気もちで方丈《ほうじょう》を出た。途中で寒さ凌《しの》ぎに一パイ飲んで、夕方になって、やっと自宅《うち》へ帰りついた文作は着のみ着のまま、物も云わずに、蒲団を冠って寝てしまった。難産のあとの血の道で、お医者に見放されてブラブラしている女房が心配して、どうしたのかと、いろいろに聞いても返事もせずにグーグー鼾《いびき》をかいていたが、やがて夜中過ぎになると文作は、女房の寝息を窺いながらソーッと起き上って、裏口から、西側の軒下にまわった。そこに積んであった薪を片づけて、分捕りスコップ(日露戦役戦利|払下品《はらいさげひん》)を取り上げると、氷のような満月の光を便りに、物音を忍ばせてセッセと掘り初めたが、鍬《くわ》と違って骨が折れるばかりでなく、土が馬鹿に固くて、三尺ばかり掘り下げるうちに二の腕がシビレて来たので、文作はホッと一息して腰を伸ばした。
するとその時に、今まで気がつかなかったが、最初に掘り返した下積みの土の端っこに、何やら白いものが二ツ三ツコロコロと混っているのが見えた。文作はそれを、何の気もなく月あかりに抓《つま》み出しながら、泥を払い落してみると、それは魚よりすこし大きい位の背骨の一部だったので、文作は身体《からだ》中の血が一時に凍ったようにドキンとした。ワナワナと慄《ふる》え出しながら、切れるように冷たい土を両手で掻き拡げて、丹念に探しまわってみると、泥まみれになってはいるが、脊椎骨《せぼね》らしいものが七八ツと、手足の骨かと思われるものが二三本と、わけのわからない平べったい、三角形の骨が二枚と、一番おしまいに、黒い粘《ねば》っこい泥が一パイに詰まった、頭蓋骨らしいものが一個《ひとつ》出た。
文作は、もうすこしで大声をあげるところであったが、女房が寝ていることを思い出してやっと我慢した。身体中がガタガタと慄《ふる》えて、頭が物に取り憑《つ》かれたようにガンガンと痛み出した。横路地から這うようにして往来に出ると、一目散に馳け出した。
文作が足萎え和尚の寝ている方丈の雨戸をたたいた時に
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