ハイカラ美人《さん》の手を取りながら、自動車に乗ってドンドン逃げて行った。あとにはお母《っか》さんが片息になって倒れているのを、皆《みんな》で介抱しているようであったが、離れた処から見ていた上に、言葉が普通《あたりまえ》と違っているので、どんな経緯《いきさつ》なのかサッパリわからなかった……という子守女《こもり》たちの報告であった。
「フーン。それは、わかり切っとるじゃないか」
 と、聞いていた荒物屋の隠居は、新聞片手に子守女《こもり》たちを見まわした。
「西村さんのお母《っか》さんが、そんな女は嫁にすることはならんと云うて、止めたまでの事じゃがナ」
 子守女《こもり》たちは、みんな妙な顔をした。何だかわかったような、わからぬようなアンバイで、張り合い抜けがしたように、荒物屋の店先から散って行った。

 ところが又、その翌る日の正午《ひる》頃になると、村の駐在巡査と、部長さんらしい金モールを巻いた人を先に立てて、村の村医《せんせい》と腰にピストルをつけた憲兵との四人が、めいめいに自転車のベルの音をケタタマシク立てながら村を通り抜けて、川上の方へ行ったので、通り筋の者は皆、何事かと思って、表へ飛び出して見送った。その中から一人行き、二人駈け出しして行ったので、川上の部落のまわりは黒山のような人だかりになったが、そんな連中が帰って来てからの話によると、事件というのは西村のお母《っか》さんが昨夜《ゆうべ》のうちに首を縊《くく》ったので、昨日《きのう》のハイカラ美人《さん》が殺したのじゃないかと、疑いがかかっているらしい……というのであった。
 しかし、それにしても様子がおかしいというので、評議が区々《まちまち》になっていたが、あくる朝を待ちかねて人々が、荒物屋に集まってみると、果して、事件の真相が詳しく新聞に出ていた。「模範兵士の化けの皮」という大きな標題《みだし》で……
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……西村二等卒の性行を調査の結果、表面温順に見える一種の白痴で、且《か》つ、甚だしい変態性慾の耽溺者であることがわかった。すなわち、その母親として仕えていたのは、実は子供の時から可愛がられていた情婦に過ぎないのであったが、最近に至って有名な箱師《はこし》のお玉という、これも変態的な素質を持った毒婦が、模範兵士の新聞記事を見て、大胆にも原籍本名を明記した封筒に、長々しい感激の手紙と
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