ロゴロ寝てばかり御座る様子がどうも怪しいということになった。
若い巡査は或る朝サアベルをガチャガチャいわせてそのお邸の門を潜った。
「ソラ御座った。イヨイヨお嬢さんが調べられさっしゃる」
と家中《うちじゅう》のものが鳴りを静めた。野良《のら》からこの様子を見て走って来るものもあった。
玄関に巡査を出迎えて、来意をきいた娘の母親が、血の気の無くなった顔をして隠居部屋に来てみると、細帯一つで寝そべって雑誌を読んでいた娘は、白粉《おしろい》の残った顔を撫でまわしながら蓬々《ほうほう》たる頭を擡《もた》げた。
「何ですって……妾《わたし》が堕胎《だたい》したかどうか巡査が調べに来ているんですって……ホホホホホ生意気な巡査だわネエ。アリバイも知らないで……」
玄関に近いので母親はハラハラした。眼顔で制しながら恐る恐る問うた。
「……ナ……何だえ。その蟻とか……蠅とかいうのは……アノ胎児《はらみご》の足にたかっていた虫のことかえ……」
「ホホホホホホそんなものじゃないわよ。何でもいいから巡査さんにそう云って頂戴……妾にはチャンとしたアリバイがありますから、心配しないでお帰んなさいッテ……」
母親はオロオロしながら玄関に引返した。
しかし巡査は娘の声をきいていたらしかった。少々興奮の体《てい》で仁王立ちになって、ポケットから手帳を出しかけていたが、母親の顔を見るとまだ何も云わぬ先にグッと睨みつけた。
「そのアリバイとは何ですか」
母親はふるえ上った。よろめきたおれむばかりに娘のところへ駈け込むと、雑誌の続きを読みかけていた娘は眉根を寄せてふり返った。
「ウルサイわねえ。ホントニ。そんなに妾が疑わしいのなら、妾の処女膜を調べて御覧なさいッて……ソウおっしゃい……失礼な……」
母親はヘタヘタと坐り込んだ。巡査も真赤になって自転車に飛び乗りながら、逃げるように立ち去った。
それ以来この部落ではアリバイという言葉が全く別の意味で流行している。
赤い松原
海岸沿いの国有防風林の松原の中に、托鉢坊主《たくはつぼうず》とチョンガレ夫婦とが、向い合わせの蒲鉾小舎《かまぼこごや》を作って住んでいた。
三人は極めて仲がいいらしく、毎朝一緒に松原を出て、一里ばかり離れた都会に貰いに行く。そうして帰りには又どこかで落ち合って、何かしら機嫌よく語り合いながら帰って来るの
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