よい頃に多いので、どうかすると重箱の中のものが、その又あくる日の夕方までありますそうで……つまるところ一度の御馳走が十ペン位の飯にかけ合うことに……」
「ウ――ム。しかしよく食傷して死なぬものだな」
「まったくで御座います旦那様。あの痩せこけた小さな身体《からだ》に、どうして這入るかと思うくらいで……」
「ウ――ム。しかしよく考えてみるとそれは理窟に合わんじゃないか。そんなにして二日も三日も店を閉めたら、つまるところ損が行きはせんかな」
「ヘエ。それがです旦那様。最前お話し申上げましたその娘夫婦も、それを恥かしがって東京へ逃げたのだそうでございますが、お安さん婆さんに云わせますと……『自分で作ったものは腹一パイ喰べられぬ』というのだそうで……ちょうどあの婆さんが死にました日が、ここいらのお祭りで御座いましたが、法印さんの処で振舞いがありましたので、あの婆さんが又『一服三杯』をやらかしました。それが夜中になって口から出そうになったので勿体なさに、紐《ひも》でノド首を縛《しば》ったものに違いない。そうして息が詰まって狂い死にをしたのだろう……とみんな申しておりますが……」
「アハハハハハ。そんな馬鹿な……いくら吝《けち》ン坊《ぼう》でも……アッハッハッハッ……」
巡査は笑い笑い手帳と鉛筆を仕舞って帰った。
しかしお安さん婆さんの屍体解剖の結果はこの話とピッタリ一致したのであった。
蟻《あり》と蠅《はえ》
山の麓に村一番の金持ちのお邸《やしき》があって、そのまわりを十軒ばかりの小作人の家が取り巻いて一部落を作っていた。
お邸の裏手から、山へ這入るところに柿の樹と、桑の畑があったが、梅雨《つゆ》があけてから小作人の一人が山へ行きかかると、そこの一番大きい柿の樹の根方から、赤ん坊の足が一本洗い出されて、蟻と蠅が一パイにたかっているのを発見したので真青になって飛んで帰った。
やがて駐在所から、新しい自転車に乗った若い巡査がやって来て掘り出してみると、六ヶ月位の胎児で、死後一週間を経過していると推定されたので、いくらもないその部落の中の女が一人一人に取り調べられたが、怪しい者は一人も居なかった。結局残るところの嫌疑者は、この頃、都の高等女学校から帰省して御座る、お邸のお嬢さん只一人……しかもすこぶるつきのハイカラサンで、大旦那が遠方行きの留守中を幸いに、ゴ
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