その兄は浴衣の袖で涙を拭いて淋しく笑った。
「ハハハハハ、あとで思い出して笑っちゃいけないよ久弥……おれははじめて真人間に帰ったんだ。今日はじめて『あやかしの鼓』の呪いから醒めたんだ」
兄の眼から又新しい涙が湧いた。
「お前はもうじきに自動車が来るからそれに乗って九段へ帰ってくれ。その時にあの押し入れの中にある鞄を持って行くんだよ。あれはこの家《うち》の全財産でお前が今しがた此女《こいつ》から貰ったものだ。あとは引き受ける。決してお前の罪にはしないから。只老先生へだけこの事を話してくれ。そうしておれたちのあとを……弔《とむら》って……」
兄はドッカとうしろにあぐらをかいた。浴衣の両袖で顔を蔽うてさめざめと泣いた。私はやはり茫然として眼の前に落ちた革の鞭と短刀とを見ていた。
そのうちに未亡人の身体《からだ》が眼に見えてブルブルと震え始めた。
「ウ――ムムム」
という低い細い声がきこえると、未亡人が青白い顔を挙げながら私と兄の顔を血走った眼で見まわした。私は何故ともなくジリジリと蒲団から辷り降りた。未亡人の白い唇がワナワナとふるえ始めた。
「す……み……ませ……ん」
とすきとおるような声で云いながら、枕元にある銀の水注《みずさ》しの方へ力なく手を伸ばした。私は思わず手を添えて持ち上げてやったが、未亡人の白い指からその銀瓶の把手《ハンドル》に黒い血の影が移ったのを見ると又ハッと手を引込めた。
未亡人は二口三口ゴクゴクと飲むと手を離した。蒲団から畳に転がり落ちた銀瓶からドッと水が迸《ほとばし》り流れた。
未亡人はガックリとなった。
「サ……ヨ……ナ……ラ……」
と消え消えに云ううちに夫人の顔は私の方を向いたまま次第次第に死相をあらわしはじめた。
兄は唇を噛んでその横顔を睨み詰めた。
自動車が桜田町へ出ると私は運転手を呼び止めて、「東京駅へ」と云った。何のために東京駅へ行くかわからないまま……。
「九段じゃないのですか」と若い運転手が聴き返した。私は「ウン」とうなずいた。
私の奇妙な無意味な生活はこの時から始まったのであった。
東京駅へ着くと私はやはり何の意味もなしに京都行きの切符を買った。何の意味もなしに国府津《こうづ》駅で降りて何の意味もなしに駅前の待合所に這入って、飲めもしない酒を誂《あつら》えて、グイグイと飲むとすぐに床を取ってもらって寝た。
夕方になって眼が醒めたがその時初めて御飯を食べると、何の意味もなしに又西行きの汽車に乗った。その時に待合所の女中か何かが見覚えのない小さな鞄を持って来たのを、
「おれのじゃない」
と押し問答したあげく、やっと昨夜《ゆうべ》鶴原家を出がけに兄が自動車の中に入れてくれたものであることを思い出して受け取った。同時にその中に紙幣が一パイ詰まっていることも思い出したが、その時はそれをどうしようという気も起らなかったようである。
汽車が動き出してから気が付くと私の傍《かたえ》に東京の夕刊が二枚落ちている。それを拾って見ているうちに「鶴原子爵未亡人」という大きな活字が眼についた。
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▲きょうの午前十時に美人と淫蕩で有名な鶴原子爵未亡人ツル子(三一)が一人の青年と共に麻布《あざぶ》笄町《こうがいちょう》の自宅で焼け死んだ。その表面は心中と見えるが実は他殺である。その証拠に焼け爛れた短刀の中味は二人の枕元から発見されたにも拘わらず、その鞘《さや》の口金《くちがね》はそこから数間を隔てた廊下の隅から探し出された。
▲未亡人は二、三日前東洋銀行から預金全部を引き出したばかりでなく、家や地面も数日前から金《かね》に換えていたがその金は焼失していないらしい。
▲未亡人と一緒に焼け死んでいた青年は、同居していた夫人の甥で妻木敏郎(二七)という青年であることが判明した。同家には女中も何も居なかったらしく様子が全くわからないが痴情の果という噂もある。
▲当局では目下全力を挙げてこの怪事件を調査中……。
[#ここで字下げ終わり]
そんな事を未亡人の生前の不行跡と一緒に長々と書き並べてある。それを見ているうちにあくび[#「あくび」に傍点]がいくつも出て来たので、私は窓に倚《よ》りかかったままウトウトと居眠りをはじめた。
あくる朝京都で降りると私はどこを当てともなくあるきまわった。すこし閑静なところへ来ると通りがかりの人を捕まえて、
「ここいらに鶴原卿の屋敷跡はありませんでしょうか」
ときいた。その人は妙な顔をして返事もせずに行ってしまった。それから今大路家や音丸家のあとも一々尋ねて見たがみんな無駄骨折りにおわった。そこに行ってどうするというつもりもなかったけれども只何となく自烈度《じれった》かった。
夕方になって祇園の通りへ出たが、そこの町々の美しいあかりを見ると私はたまらなくなつかしくなった。何だか赤ん坊になって生れ故郷へ帰ったような気持ちになってボンヤリ立っていると向うから綺麗な舞い妓《こ》が二人連れ立って来た。その右側の妓《こ》の眼鼻立ちが鶴原の未亡人にソックリのように見えたので、私は思わず微笑しながら近付いて名前をきいたら右側のは「美千代」、左側のは「玉代」といった。「うちは?」ときいたら美千代が向うの角を指した。その手に名刺を渡しながら、
「どこかで僕とお話ししてくれませんか」
というと二人で名刺をのぞいていたが眼を丸くしてうなずき合って私の顔を見ながらニッコリするとすこし先の「鶴羽《つるば》」という家《うち》に案内した。そうして二人共一度出て行くと間もなく美千代一人が着物を着かえて這入って来たので私は奇蹟を見るような気持ちになった。
その時|仲居《なかい》は「高林先生」とか「若先生」とか云って無暗にチヤホヤした。私は気になって「本当の名前は久弥」と云ったら「それでは御苗字は」ときいたから、
「音丸」と答えたら美千代が腹を抱えて笑った。私も東京を出て初めて大きな声で笑った。
それから後《のち》私は鶴原未亡人に似た女ばかり探した。芸妓《げいしゃ》。舞妓。カフェーの女給。女優なぞ……しまいには只鼻の恰好とか、眼付きとか、うしろ姿だけでも似ておればいいようになった。それから大阪に行った。
大阪から別府、博多、長崎、そのほか名ある津々浦々を飲んでは酔い、酔うては女を探してまわった。昨夜《ゆうべ》鶴原未亡人に丸うつしと思ったのが、あくる朝は似ても似つかぬ顔になっていたこともあった。その時私は潜々《さめざめ》と泣き出して女に笑われた。
酔わない時は小説や講談を読んで寝ころんでいた。そうしてもしや自分に似た恋をしたものがいはしまいか。いたらどうするだろうと思って探したが、生憎《あいにく》一人もそんなのは見付からなかった。
そのうちに二年経つと東京の大地震の騒ぎを伊予の道後できいたが、九段が無事ときいたので東京へ帰るのをやめて又あるきまわった。けれども今度は長く続かなかった。私の懐中《ふところ》が次第に乏しくなると共に私の身体《からだ》も弱って来た。ずっと以前から犯されていた肺尖がいよいよ本物になったからである。
久し振りに、なつかしい箱根を越えて小田原に来たのはその翌年の春の初めであった。そこで暖くなるのを待っているうちに懐中がいよいよ淋しくなって来たので、私は宿屋の払いをして東の方へブラブラとあるき出した。すてきにいい天気で村々の家々に桃や椿が咲き、菜種《なたね》畠の上にはあとからあとから雲雀《ひばり》があがった。
その途中あんまり疲れたので、とある丘の上の青い麦畑の横に腰を卸《おろ》すと不意に眼がクラクラして喀血《かっけつ》した。その土の上にかたまった血に大空の太陽がキラキラと反射するのを見て私は額に手を当てた。そうしてすべてを考えた。
私は東京を出てから丸三年目にやっと本性《ほんしょう》に帰ったのであった。懐中を調べて見ると二円七十何銭しかない。私は畠の横の草原に寝て青い大空を仰いで「チチババチバチバ」という可愛らしい雲雀の声をいつまでもいつまでも見詰めていた。
東京に着くと私は着物を売り払って労働者風になって四谷の木賃宿に泊った。そうして夜のあけるのを待ちかねて電車で九段に向った。
なつかしい檜《ひのき》のカブキ門が向うに見えると、私は黒い鳥打帽を眉深《まぶか》くして往来の石に腰をかけた。その時暁星学校の生徒が二人通りかかったが、私の姿を見ると除《よ》けて通りながら「若い立ちん坊だよ」と囁《ささや》き合って行った。青褪めて鬚を生やして、塵埃《ちり》まみれの草履《ぞうり》を穿いた吾が姿を見て私は笑うことも出来なかった。
その日は見なれぬ内弟子が一人高林家の門を出たきり鼓の音一つせずに暗くなりかけて来た。
私は咳をしいしい四谷まで帰って木賃宿に寝た。そうして夜があけると又高林家の門前へ来て出入りの人を見送ったが老先生らしい姿は見えなかった。鼓の音《ね》もその日は盛んにきこえたけれども老先生の鼓は一つも聞えなかった。
私はそのあくる日又来た。そのあくる日もその又あくる日も来た。しかし老先生の影も見えない。亡くなられたのか知らんと思うと私の胸は急に暗くなった。
「しかしまだわからない。せめて老先生のうしろ影でも拝んで死なねば……」
と思うと私の足は夜が明けるとすぐに九段の方に向いた。高林家の門からかなり離れた処にある往来の棄て石が、毎日腰をかけるために何となくなつかしいものに思われるようになった。
「又あの乞食が……」と二人の婦人弟子らしいのが私の方を指しながら高林家の門を這入った。私はその時にうとうとと居ねむりをしていたが、やがて私の肩にそっと手を置いたものがあった。巡査かと思って眼をこすって見ると、それは思いもかけぬ老先生だった。私はいきなり土下座した。
「やっぱりお前だった。……よく来た……待っていた……この金で身なりを作って明日《あす》の夜中過ぎ一時頃にわたしの室《へや》にお出で。小潜りと裏二階の下の雨戸を開けておくから。内緒《ないしょ》だよ」
と云いつつ老先生は私の手にハンケチで包んだ銀貨のカタマリを置いて、サッサと帰って行かれた。その銀貨の包みを両手に載せたまま、私は土に額をすりつけた。
その夜は曇ってあたたかかった。
植木職人の風をした私は高林家の裏庭にジッと跼《しゃが》んで時刻が来るのを待った。雨らしいものがスッと頬をかすめた。
……と……「ポポポ……プポ……ポポポ」という鼓の音が頭の上の老先生の室《へや》から起った。
私はハッと息を呑んだ。
「失策《しま》った。あの鼓が焼けずにいる。兄が老先生に送ったのだ。イヤあとから小包で私へ宛てて送り出したのを、老先生が受け取られたのかな……飛んでもない事をした」
と思いつつ私は耳を傾けた。
鼓の音は一度絶えて又起った。その静かな美しい音をきいているうちに私の胸が次第に高く波打って来た。
陰気に……陰気に……淋しく、……淋しく……極度まで打ち込まれて行った鼓の音《ね》がいつとなく陽気な嬉し気な響を帯びて来たからである。それは地獄の底深く一切を怨んで沈んで行った魂が、有り難いみ仏の手で成仏して、次第次第にこの世に浮かみ上って来るような感じであった。
みるみる鼓の音に明る味がついて来てやがて全く普通の鼓の音《ね》になった。しかも日本晴れに晴れ渡った青空のように澄み切った音にかわってしまった。
「イヤア……|△《タ》……ハア……|○《ポ》……ハアッ|○《ポ》……|○○《ポポ》」
それは名曲『翁《おきな》』の鼓の手であった。
「とう――とうたらりたらりらア――。所《ところ》千代《ちよ》までおわしませエ――。吾等も千秋《せんしゅう》侍《さむ》らおう――。鶴と亀との齢《よわい》にてエ――。幸い心にまかせたりイ――。とう――とうたらりたらりらア……」
と私は心の中で謡い合わせながら、久しぶりに身も心も消えうせて行くような荘厳な芽出度い気持になっていた。
やがてその音がバッタリと止んだ。それから五、六分の間何の物音もない。
私は前の雨戸に手をかけた
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