次第に高く波打って来た。
陰気に……陰気に……淋しく、……淋しく……極度まで打ち込まれて行った鼓の音《ね》がいつとなく陽気な嬉し気な響を帯びて来たからである。それは地獄の底深く一切を怨んで沈んで行った魂が、有り難いみ仏の手で成仏して、次第次第にこの世に浮かみ上って来るような感じであった。
みるみる鼓の音に明る味がついて来てやがて全く普通の鼓の音《ね》になった。しかも日本晴れに晴れ渡った青空のように澄み切った音にかわってしまった。
「イヤア……|△《タ》……ハア……|○《ポ》……ハアッ|○《ポ》……|○○《ポポ》」
それは名曲『翁《おきな》』の鼓の手であった。
「とう――とうたらりたらりらア――。所《ところ》千代《ちよ》までおわしませエ――。吾等も千秋《せんしゅう》侍《さむ》らおう――。鶴と亀との齢《よわい》にてエ――。幸い心にまかせたりイ――。とう――とうたらりたらりらア……」
と私は心の中で謡い合わせながら、久しぶりに身も心も消えうせて行くような荘厳な芽出度い気持になっていた。
やがてその音がバッタリと止んだ。それから五、六分の間何の物音もない。
私は前の雨戸に手をかけた
前へ
次へ
全84ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング