も秘密でです。理由はお出《いで》になればすぐわかります。東洋銀行の小切手金一千円也を封入致しておきます。鶴原未亡人の名前ですが私の貯金の一部です。私の後を継いで下すった御礼の意味とお祝いの意味を兼ねて誠に軽少ですが差し上げます。尚私たちお互いの身の上は今まで通りとして一切を秘密にして下さい。鶴原家に来られてもです。
あやかしの鼓が百年の間に作って来た悪因縁が、君の手で断ち切れるか切れないかは二十六日の晩にきまるのです。同時に七年間一歩もこの家の外に出なかった僕が解放されるか否かも決定するのです。君の救いの手を待ちます。
  三月十七日[#地から2字上げ]高林靖二郎
 音丸久弥様
[#ここで字下げ終わり]

 私はこの手紙を細かく引き裂いて自動車の窓から棄てた。ちょうど芝公園を走り抜けて赤羽橋の袂を右へ曲ったところであった。
 眼の前の硝子《ガラス》板に私の姿が映ってユラユラと揺れている。
 三越の番頭が見立ててくれた青い色の袷《あわせ》に縫紋《ぬいもん》、白の博多帯、黄色く光る袴《はかま》、紫がかった羽織、白足袋にフェルト草履《ぞうり》、上品な紺羅紗《こんらしゃ》のマントに同じ色の白リ
前へ 次へ
全84ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング