った心持ちをあの鼓の音《ね》にあらわしたのだ。だから生き生きとした音を出させようとして作った普通《なみ》の鼓とは音色が違う筈である。私はこれを私の思うた人に打たせて『生きながら死んでいる私』の心持ちを思い遣ってもらおうと思ったのだ。ちっとも怨《うら》んだ心持ちはなかった。その証拠にはあの鼓の胴を見よ。あれは宝の木といわれた綾模様の木目を持つ赤樫の古材で、日本中に私の鑿《のみ》しか受け付けない木だ。その上に外側の蒔絵《まきえ》まで宝づくしにしておいた。あれはお公卿《くげ》様というものが貧乏なものだから、せめてあの方の嫁《ゆ》かれた家《うち》だけでも、お勝手許《かってもと》の御都合がよいようにと祈る心からであった。それがあんなことになろうとは夢にも思い設けなんだ。誰でもよい。私が死に際のお願いにあの鼓を取り返して下さらんか。そうして又と役に立たんように打ち潰して下さらんか。どうぞどうぞ頼みます」
[#ここで字下げ終わり]
これが久能の遺言となったが、誰も鶴原家に鼓を取り返しに行く者なぞなかった。それどころでなく変死であったので、ごく秘密で久能の死骸を葬った。
しかしこの遺言はいつとな
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