を畳にすりつけた。
 その様子があまり馬鹿丁寧で大袈裟なので私は又変な気もちになった。鶴原子爵は狂気《きちがい》で死んだというがこの青年も何だか様子が変である。ことによるとやっぱり「あやかしの鼓」に呪われているのじゃないかと思った。
 しかしそう思うと同時に又「あやかしの鼓」が見たくてたまらなくなって来た。しかもそれを見るのには今が一番いい機会じゃないかというような気がしはじめた。
「この人に頼んだらことに依ると『あやかしの鼓』を見せてくれるかも知れない。今がちょうどいいキッカケだ。そうして今よりほかにその時機がないのだ。この家《うち》に又来ることがあるかないかはわからないのだから」
 と考えたが一方に何だか恐ろしく気が咎《とが》めるようにもあるので、心の中で躊躇しいしい妻木君の顔を見ていると、妻木君も黒い眼鏡越しに私の顔をジッと見ている。そうして何の意味もないらしい微笑をフッと唇のふちに浮かべた。私はその笑顔に釣り込まれたようにポツンと口を利いた。
「『あやかしの鼓』というのがこちらにおありになるそうですが……」
 妻木君の笑顔がフッと消えた。私は勇を鼓して又云った。
「すみませんが
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