ショボショボと閉じたり明けたりされた。
「先生」と私はいくらか調子に乗って云った。
「鶴原様のところに名高い鼓があるそうですが、あれを借りてはいけないでしょうか」
「飛んでもない」
と老先生は私の顔を見られた。私はこの時ほど厳重な老先生の顔を見たことがなかった。私はうなだれて黙り込んだ。
「あの鼓を出すとあの家《うち》に不吉なことがあるというじゃないか。たとい嘘にしろ他人の家に災難があるようなことを望むものじゃないぞ。いいか。気に入った鼓がなければ生涯舞台に出ないまでのことだ」
私は生れて初めて老先生にこんなに叱られて真青になった。けれども心から恐れ入ってはいなかった。
「あやかしの鼓」が私のあこがれの的となったのはこの時からであった。
それから間もなく老先生は私を高林家の後嗣《あとつぎ》にきめられて披露をされた。内弟子たちはみんな不承不承に私を若先生と云った。
しかし私は落胆《がっかり》した。――とうとう本物の鼓打ちになるのか。一生涯|下手糞《へたくそ》の御機嫌を取って暮らさなければならないのか。――と思うとソレだけでもウンザリした。――老先生の御恩に背いてはならぬぞ――と
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