しゃ》な桐の角火鉢とが行儀よく並んでいる。その左の桐の箪笥《たんす》の上には大小の本箱が二つと、大きな硝子《ガラス》箱入りのお河童《かっぱ》さんの人形が美しい振り袖を着て立っている。
右手には机に近く茶器を並べた水屋《みずや》と水棚があって、壁から出ている水道の口の下に菜種《なたね》と蓮華草《れんげそう》の束が白糸で結《ゆ》わえて置いてある。その右手は四尺の床の間と四尺の違い棚になっているが床の間には唐美人の絵をかけて前に水晶の香炉を置き、違い棚には画帖らしいものが一冊と鼓の箱が四ツ行儀よく並べてある。その上下の袋戸と左側の二間一面の押し入れに立てられた新しい芭蕉布の襖《ふすま》や、つつましやかな恰好の銀色の引き手や、天井の真中から下っている黒枠に黄絹張りの電燈の笠まで何一つとして上品でないものはない。
私は思わず今一度溜め息をさせられた。
「これが伯母の居間です」
といううちに妻木君は左側の押し入れの襖を無造作にあけて、青白い二本の手を突込んで中のものを放り出し初めた……縮緬《ちりめん》の夜具、緞子《どんす》の座布団、麻のシーツ、派手なお召の掻《か》い巻《ま》き、美事な朱総《しゅぶさ》のついた括《くく》り枕《まくら》と塗り枕、墨絵を描いた白地の蚊帳《かや》……。
「ええ……もう結構です……」
と私は妙に気が退《ひ》けて押し止めた。しかし妻木君はきかなかった。放り出した夜具類を、もとの通りに片付けると今度は隣り側の襖を開いて内部一面に切り組んである衣装棚を引き出し初めた。
「イヤ。わかりました。わかりました。あなたがお調べになったのなら間違いありません」
「そうですか……それじゃ箪笥を……」
「もう……もう本当に結構です」
「じゃ御参考に鼓だけお眼にかけておきましょう」
と云ううちに右手の違い棚から一つ宛《ずつ》四ツの鼓箱を取り下した。私はそれを受け取って室《へや》の真中に置いた。
箱から取り出された四ツの仕掛け鼓が私の前に並んだ時私は何となく胸が躍った。この中に「あやかしの鼓」が隠れていそうな気がしたからである。
この道にすこしでも這入った人は皆知っている通り、鼓の胴と皮とは人間でいえば夫婦のようなもので、元来別々に出来ていて皮には皮の性《しょう》があり胴には胴の性がある。その二つの性が合って始めて一つの音色が出るので、仮令《たとい》どんな名器同志の皮と胴でも、性が合わなければなかなか鳴らない。調子皮を貼って性を合わせたにしても、今までとは全く違った音色が出るので、今ここに四ツの皮と胴とがあるとすれば、鳴る鳴らぬに拘《かか》わらず総計で十六通りの音色が出るわけである。鶴原未亡人はそれを知っていて、ふだん胴と皮とをかけ換えているのではないか……。
しかしこの考えが浅墓《あさはか》であることは間もなくわかった。妻木君は私と向い合って坐るとすぐに云った。
「私はこの四つの胴と皮とをいろいろにかけ換えてみました。けれどもどれもうまく合いませんでやっぱりもとの通りが一番いい事になります」
「つまりこの通りなんですね」
「そうです」
「みんなよく鳴りますか」
「ええ。みんな伯母が自慢のものです。胴の模様もこの通り春の桜、夏の波、秋の紅葉《もみじ》、冬の雪となっていて、その時候に打つと特別によく鳴るのです。打って御覧なさい」
「伯母さまがお帰りになりはしませんか」
「大丈夫です。今三時ですから。帰るのはいつも五時か六時頃です」
「じゃ御免下さい」と一礼して羽織を脱いだ。妻木君も居住居《いずまい》を直した。
私は手近の松に雪の模様の鼓から順々に打って行ったが、九段にいる時と違って一パイに出す調子を妻木君は身じろぎもせずに聞いてくれた。
「結構なものばかりですね」
と御挨拶なしに賞めつつ私は秋の鼓、夏の鼓と打って来て、最後に桜の模様の鼓を取り上げたが、その時何となく胸がドキンとした。ほかの鼓の胴は皆塗りが古いのに、この胴だけは新らしかった。大方この鼓だけ蒔絵《まきえ》の模様が時候と合わないために、春の模様に塗りかえさしたものであろうが、その前の模様はもしや「宝づくし」ではなかったろうか。
私はまだ打たぬうちに妻木君に問うた。
「この鼓はいつ頃お求めになったのでしょうか」
「サア。よく知りませんが」
「ちょっと胴を拝見してもいいでしょうか」
「エエ。どうぞ」と妻木君は変にカスレた声で云った。
私は黄色くなりかけている古ぼけた調緒《しらべ》をゆるめて胴を外《はず》して、乳袋《ちぶくろ》の内側を一眼見るとハッと息を詰めた。
久能張《くのうば》りのサミダレになった鉋目《かんなめ》がまだ新しく見える胴の内側には、蛇の鱗ソックリに綾取った赤樫の木目が目を刺すようにイライラと顕《あら》われていたからである。私の両手は本物の蛇を掴ん
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