しばかりしか坐るところがない。書生さんはそこいらに散らばっている茶器を押し除《の》けて、奥から座布団を持って来て私にあてがうと、
「私は妻木《つまき》というものです。鶴原の甥です」
と挨拶をした。
さてはこの人がそうかと思いながら私は改めて頭を下げていると、妻木君はその物ごしのやさしいのにも似ず、私が見ている前で杉折りをグッと引き寄せるとポツンと水引を引き切った。オヤと思ううちに蓋をあけて中にある風月のモナカを一つ抓《つま》んで自分の口に入れてから私のほうにズイと押し進めた。
「いかがです」
私は少々度胆を抜かれた。しかしそのうちに妻木君の唇の両端が豆腐のように白く爛《ただ》れているのに気が付くと、やっとわかった。妻木君は甘い物中毒で始終こんなことをやっているのだ。そのために胃をメチャメチャに壊しているのだ。そうして、かかり合いにするつもりで私を呼び上げたものらしい。用事とはこの事かと思うと私は急にこの青年と心安くなったような気がしてすすめられるままに手を出した。
ところが妻木君の喰い方の荒っぽいのには又|流石《さすが》の私も舌を捲かれた。初めに四つ五つ私を追い越して喰っているばかりでなく、私が三つ喰ううちに四つか五つの割りで頬張って飲み込むので、見る見るうちに箱の半分以上が空っぽになってしまった。
私はとうとう兜《かぶと》を抜いで茶を一パイ飲んだ。すると妻木君はあと二つばかり口に入れてから、うしろの書物の間から古新聞を出して、その中に残ったモナカの二十ばかりをザラザラとあけてグルグルと包んで書物のうしろに深く隠した。それから杉折りを取り上げるとペキンペキンと押し割って薪《まき》のように一束にして、戒名と一緒に奉書の紙に包んだ上から黒水引きでグルグル巻きに縛った。
「どうも済みませんが……」と妻木君はそれを私の前に差し出した。
「これをお帰りの時にどこかへ棄ててくれませんか」
それを私が微笑しながら受け取ると、妻木君の顔が小児《こども》のように輝やいた。そうして前よりも一層丁寧に云った。
「それからですね。ほんとに済みませんけどもこの事はお宅の先生へも秘密にしてくれませんか」
私は思わず吹き出すところであった。
「ええええ大丈夫です。僕からもお願いしたい位です」
「有り難う御座います。御恩は死んでも忘れません」
と云いつつ妻木君は不意に両手をついて頭
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